ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


by hiroi22

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不信感のみ醸造される

 道路特定財源やガソリン税の暫定税率が問題になっている。これらの推進側の論理は、こういうものが廃止されると道路整備に支障をきたすというものだ。最近は環境問題を持ち出して、高いガソリン税は人々を車の運転から遠ざけて”環境にやさしい政策だ”という言説もなされている。しかし、これらの言い分には「ちょっと待て」と言いたい。
 道路を造るためにしか使えない税金で、それがなければ道路が造れないというのは変な話である。本当に必要な道路整備に税金をかけるのなら、他の事業と同様にそれ相応の根拠を出して、一般財源から支出すればよいのだ。何も道路整備だけを特別視する必要はない。環境問題に配慮して暫定税率を維持するというのも、それで集めた税金を環境破壊の一翼を担う車社会というものを促進する道路整備に使うというのなら、破綻したロジックだ。
 そもそも、暫定税率維持派、特定財源維持派に対して不信感がある。彼らの議論には「既得権益は死んでも放しません」という魂胆が見え隠れする。役人にとっては、自分たちが使える税金が減るのは耐えられないだろうし、族議員にとっては自らの特権が消滅する危機である。そのためにはどんな理由でも、もっともらしいことは何でも使うとしか感じられないのだ。
 最近「道路のためにしか使えない税金」で国土交通省が野球のグラブ代などレクリエーション費や公務員宿舎の建設費を支出していることが明らかになった。当初、国土交通省の幹部は、この支出は「問題ない」と説明していたが、結局道路特定財源からのこのような支出は「不適切」として、今後取りやめることにしたそうである。
 <国交省>道路特定財源で宿舎建設 野球用具や車購入も
 こういう態度も不信感を増幅させる。要するに、うるさいことを言われたのでやめますとしか映らない。この支出が問題ないと思っているのならば、それをきちんと説明することだ。また、不適切と考えるのならば、当然ほかの省庁におけるこの種の支出もすべて取りやめるべきだ。しかし、それは一切言及せず、またやらないのだ。国土交通省だけが泥をかぶって、たとえ土下座しようが、税金という身入りはビタ一文でも減らしたくないということなんだと思ってしまうのである。
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by hiroi22 | 2008-01-26 21:40 | じっと思う

意味のないアンケート

 また喧騒の受験シーズンがやってきた.今年は「ゆとり教育」を受けた高校生の本番とあって、そちらの方も気になるところらしい.
<センター試験>「ゆとり教育」世代、真剣…受験生に聞く(毎日新聞)
 子どもの学力・意欲の低下が問題となる中で19日、大学入試センター試験が始まった。今年の現役受験生は、02年に導入された「ゆとり教育」の下で、中高6年間を過ごした「元祖ゆとり世代」。「詰め込まずじっくり勉強できた」と評価する声がある一方、「学校の勉強を補うために塾に通い、ゆとりを実感できない」という生徒も少なくなかった。昨年問題となった合格実績水増しは、今年は自粛傾向になった。【まとめ・山本紀子】

 ◇「ゆとり教育」に対する受験生の声◇

(県名は試験会場のある都道府県名、大学名は志望大学。質問は(1)ゆとり教育をどう評価するか。中高での勉強は十分だったか(2)学習意欲はあるか(3)大学で何を勉強し、将来は何を目指すのか) (以下省略)

 この記事には,例によって突っ込ませていただく.つまらん質問である.最初の「ゆとり教育をどう評価するか.中高での勉強は十分だったか」なんて高校生の彼らに意味のある答えが出来るわけがない.彼らは世間が「ゆとり教育」と呼ぶものをずっと受けてきたのだ.この質問に正しく答えようとすれば、「非ゆとり教育」を知っていなければならない.彼らにとって無茶な注文だ.2番目の質問も意味がない.受験シーズンの今,一定レベルの生徒に「学習意欲」を聞けば,たいてい「ある」と答えるだろうよ.「ない」と答えるのは,ちょっとつむじ曲がりの生徒だろう.現代高校生のその「つむじ曲がり度」でも測るつもりか?
 毎日新聞が行った調査にしてはあまりに思慮の無いものだったと言わざるを得ず,これを記事にするとは編集部の企画力を疑う.

 私は今や学力至上主義で教育を評価することには反対だが,学力至上主義の観点からであったとして,今回の「ゆとり教育」の評価をするのであれば,東大や京大など有名校の合格者の現役と浪人の比率を見ることだと思う.一度きりしかチャンスはないが,そこで統計的な有意差が出れば,少しは学力面での評価が可能だろうね.
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by hiroi22 | 2008-01-20 13:33 | じっと思う

フィンランドかぁ...(3)

 昨日フィンランドの教育について,「自ら考える」ということを尊重していることを取り上げ,日本でもこの方向で「社会全体の知性を底上げするべき」と書いた.フィンランドのネタはこれで一区切りとしようと思っていたのだが、まったく偶然にも今朝の朝日新聞で「フィンランド」の活字が躍っていたので再び取り上げることにした.
 まず社説が目にとまった.そこでは,
希望社会への提言(11)—「アポロ13号」に教育を学ぶ
この社説では
・正解を急がず、競わせず、考える心を育てよう
・教育は投資、社会全体で知の劣化を食い止める

ということをフィンランドの教育をあげながら主張していた.つまり,昨日のblogと同じような内容である.
 ふむ、大朝日の社説と昨日私がNHKBSのTVを見て書いた内容とそうは違っていない.してみると、このblogもそう捨てたもんじゃないね,うふふ.とはいえ、やはり向こうの方がデータもはっきりしているし、明快じゃ.それはしょうがない.が,その内容について書き留めておこう.
 まず、日本の教育について,
 調査をしている経済協力開発機構(OECD)の事務総長は、日本にこんな警告を発した。「知識を再現する学習ばかり続けていると、労働市場に出た時に必要とされる力が身につかない」
という批判を紹介している.「知識を再現する学習ばかり」とはうまい表現だ.今日帰りがけに本屋に立ち寄って見つけた小柴博士の著書では,博士が東大の学部卒業生に向かって
「君たちは東大を卒業するのだから、受動的な学習に対しては適応していることは確かだが,将来必要となる能動的な学習に対する適応性は未知数だ.」といった趣旨の発言をしたことが紹介されていたが,これも同じ意味の警句だろう.日本がいろいろな分野でフロントランナーとしての立場が期待されている状況になっているとしたら,人の後追いしかならない「知識を再現する学習」だけでは済まされまい.
 以前あるところで「教育なんて強制」というコメントを目にして唖然としたことがある.私は「強制」というのは思考停止を意味して,「知識を再現する学習」どころか,およそ“教育”とは言い難いものだと思うのだが,こういうコメントが出ること自体、日本の教育の現状の深刻さを示唆しているのだろう.
 この社説でなるほどと思ったのは「競争」ということに対する認識だ.日本で一般的には「競争」は成長のための有力な方法として認められてきたのではないかと思う.無論、過度の競争による弊害は指摘されてきたが、それでも「競争」そのものはおおむね肯定的にとらえられてきたように思う.ところが、この社説ではフィンランドの教育と絡めて、こんな意見を紹介している.
 次に、他人と競わせないことだ。

 競争させると、順位に関心が向いて、考えることへの興味がそがれる。テストは各自がどこでつまずいているかを確認し、補うためのものだ。考える力がつくとともに学力格差も少ないのは、この二つの理念と実践が成果をあげているからだ。福田教授はそう指摘する。

 「競争させて順位をつけて、何かいいことがありますか」。フィンランドセンターのヘイッキ・マキパー所長は話す。「下の子はやる気をなくし、上の子は自分が優秀だと思いこむ。どちらの人生にとってもいい影響は与えないでしょう」
「競争させて順位をつけて、何かいいことがありますか」と問われてドキッとしたのは私だけではあるまい.「下の子はやる気をなくし、上の子は自分が優秀だと思いこむ。どちらの人生にとってもいい影響は与えないでしょう」というのは,“学力世界一”のフィンランドだからこそ説得力を持つ言葉だ.
 次の言葉は我々にとって耳が痛い.
日本は、どうだろう。

 学力危機は子どもに限ったことではない。大学生でも分数ができないと揶揄(やゆ)される。しょせんは試験でいい成績をとるために頭に押し込めた知識だ。のど元過ぎれば忘れてしまうのは当然か。
 私の知人で、入試で数学が零点ながらも某国立大学に合格した人がいるが(ゴメン、こんなところで引き合いに出して),数学に限らず学問が単なる通過のための道具となっているのは日本の現実だ.悲しいけれど.
 しかし,この社説に書いてあることがどんなに正論であっても,現状を変えることは難しいだろうなあと思う.

 もうひとつ,冒頭に書いた”「フィンランド」の活字が躍っていた”ことがある.それは東洋経済という経済週刊誌の広告だ.この週刊誌は買ってしまった.その感想はまた機会があればいつか書き留めよう.
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by hiroi22 | 2008-01-08 00:33 | ずっと思う

「突然返位」の置き土産に苦しむNHK

 先日「創作四字熟語」なるものの優秀作品の発表があった.面白かったのは「突然返位」(とつぜんへんい)=所信を表明した直後に急に辞任すること.なかなかうまく考えてある.ほかに我竜天制(がりょうてんせい)=落合オレ流野球で中日ドラゴンズ53年ぶり日本シリーズ制覇,というのも人気があったようだが,これは個人的にはもう一つ.やはり権力者を皮肉らなくては面白くない.突然変異なお方は突然返位で消えてしまったが,例えば「教育再生会議」などもそうだけれど,主は去っても彼の残した妙なものがまだ幅を利かせている.

 NHKの次期会長の人選が揺れている.正確に言うと揺れているのはNHK次期会長選びを進めているNHK経営委員会というべきだろう.
<NHK経営委>古森委員長への批判、会長人選が暗礁も(記事は末尾に引用した)
古森委員長自らが明言した「全会一致で決めた」ことに2委員から反旗が翻されたわけであるから,委員会報告としては事実ではなかったことになる.少なくとも委員長として委員会運営が適切でなかったことは否めない.
 この記事の内容を見る限り古森委員長の肩を持つことはできない.彼はよくある「強引・強権的」な人間のようである.そういう人が富士フィルムなどの私企業でトップでいるのにはもちろん何の問題もない.企業とは利益を上げるのが第一だからだ.トップは関係ない.ただ,私としては
「富士フィルムの社員の皆さん,お疲れさん!サラリーマンは辛いね.」
と同情するのみである.
 ただここで喚起すべきは,彼が現在の委員長になったのは今年の6月26日だということだ.つまり半年前.そして,この人事は政治の介入人事であったということである.つまり,あの「突然返位」の安倍晋三の介入人事.この古森重隆という人は安倍前首相を囲む「四季の会」のメンバーであった財界人だ.
 「議会制民主主義」も何たるかも分からず,強行採決を繰り返した安倍晋三が,メディアもマスコミの何たるかも理解できるはずがない.結局は安倍晋三おなじみの「お友達人事」である.もちろん「お友達人事」であっても,NHKの経営委員会委員長としてまともな見識があれば問題がないが,「(参議院選挙中波)歴史番組の放映は控えるべきだ」と発言したり(どういう権限で口出しをするのだ?),やはりというべきかこの人もおかしい.さすがに前首相を囲む会のメンバーであっただけのことはある.
 そんな混乱を収める目的か,新会長の名前が浮上した.
<NHK>次期会長候補にアサヒビール相談役、福地茂雄氏
このアサヒビール相談役、福地茂雄氏という人がどんな人かは知らぬが,委員長自ら会長候補を担ぎ出して話を進めるというのは民主的とは言い難い.たとえ見かけ上すんなり決まったとしてもしこりは残るだろう.
<NHK経営委>古森委員長への批判、会長人選が暗礁も
 NHK経営委員会(委員長=古森重隆・富士フイルムホールディングス社長)の菅原明子、保ゆかり両委員は19日開いた会見で、橋本元一NHK会長の後任選出を巡る古森委員長の議事運営が独断的だとして、文書で抗議したことを明らかにした。経営委員が独自に会見するのは極めて異例。対応が改善されなければ、両委員とも辞任する考えを示している。

 菅原委員らに同調する動きが広がれば、25日の決定を目指して古森委員長主導で進められている人選は暗礁に乗り上げ、放送法により橋本会長が当面続投する可能性もある。

 菅原委員らがファクスで古森委員長に送った申し入れ書では▽威圧的と取れる言葉で議論を封殺せず民主的な議事運営▽委員長個人の「意中の人物」を押し付けず、各委員推薦の候補も平等に扱う▽委員のみで会長人事を議論する「指名委員会」の議論を議事録などで公開する――ことを求めている。

 また、菅原委員は13日の指名委でのやり取りのメモも公表。それによると、古森委員長が次期会長を内部から選ぶか外部にするか決めようと迫った。菅原委員によると、態度保留が2人で、他の2人がNHK内部がいいと答えた。しかし、古森委員長は「私の周りは全部、外部の方が良い改革ができると言っている」と強弁。会議終了後、全会一致で現執行部を除外する方針を公表した。さらに、各委員に推薦候補を挙げさせながら自分は明かさなかった。菅原委員は「25日の委員会でいきなり引き合わされ、決まる道筋になった」と述べたうえで、独自の候補を推薦する考えを明らかにした。【丸山進】

 委員2人が会見したことについて、古森委員長はコメントを出した。「本来経営委員会で議論すべき内容を、なぜ委員会内での議論を経ずにこのような運びとなったのか驚いている。備忘録と称する資料にも多々不正確で意図的ともとれる誤った記述もみられ、恣意(しい)的で無責任との印象を受けている」などとしたうえで「議事で一方的な運営をしたという事実はない。経営委の場を通じて両名の意見についても十分議論し、経営委としての機能を果たしていく」と結んでいる。

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by hiroi22 | 2007-12-21 22:27 | ずっと思う

まやかしの論理は不信感しか残らない

 私にしては超多忙な一週間が終わった.超多忙と言っても,忘年会にはしっかり参加していたのでたかが知れているのかもしれないが.しかし,その一方で家人が階段から落ちて腕を骨折する事件があり,結局は私にとって「忙しくていろいろハプニングのあった7日間」として記憶されよう.そんなこんなでまともに新聞すら読むことができなかったのだけれども,とりあえず前から気になっていたことを書き留めておこう.
 先日,来年度の与党税制改正大綱がまとまった.相変わらず消費税増税を匂わせた内容である.朝日新聞の記事によれば,
 自民、公明両党が13日午後にまとめる08年度与党税制改正大綱の全容が明らかになった。消費税について「年金、医療、介護などの社会保障給付や少子化対策の費用を賄う主要な財源」との位置づけを明記。そのうえで「社会保障財源を充実することを検討する」として、将来の税率引き上げの方向性を打ち出した。ただ、引き上げ幅や時期は明記せず、将来の検討課題とした。

 大綱では、税制の抜本改革の原則として「新たな国民負担は、すべて国民に還元する」とした。消費税を引き上げる際には、社会保障だけに振り向けるという「目的税化」の考え方を事実上打ち出したものだ。
とある.消費税増税の根拠として”社会保障だけに振り向けるという「目的税化」の考え方”何ぞというインチキをまだ振り回しているのかと怒りさえ湧いてくる.このインチキ具合については,

政府によるまやかし~消費税・「思いやり予算」・生活保護・薬害肝炎
(世界の片隅でニュースを読む)

「社会保障のための消費税増税」というまやかし
(同上)
消費税の増税目的税化は欺瞞(野口悠紀雄Online)
で詳細に解説されているが,それを refer するだけというのもナンなので,こんな会話を考えてみた.
########################
息子(以下む):ママぁ,来月から僕の小遣いを2千円アップして欲しいんだけどぉ.
ママ(以下マ):どうして,あなたには一月2万円もあげているでしょ?
む:あのさぁー,この2千円は参考書とか問題集とか勉強中心に使うんだ.だから2千円がいるんだ.
マ:はあ?
む:聞いてないの?だからぁ,アップした2千円は勉強中心に使うんだよぉ.だからいいでしょ?
マ:(なぜか大阪弁で)アンタ,何を寝ぼけたこといいさらしとんじゃ!
む:へっ!
マ:2千円アップして仮にそれを勉強代に使たとしても,携帯やらゲームやらでアンタが遊ぶお金が結局2千円増えるだけやろ!そんなことでお母ちゃんをだまそうとしても,そうはいきまへんで.毎月のお小遣い,いったい何に使てんのか調べさせてもらいまひょ.
む:あわわ
########################
とまあ,日常生活ならばこんな馬鹿げたお話しになるのだが,話が「専門的」になり,しかも「社会保障」という言葉をちらつかせば誤摩化すことができると与党と官僚は思っているのだろう.国民もなめられたものである.
 もしも,議員なり官僚なりが本気で「社会保障目的税」というものを信じているのなら,彼らには税制を語る論理的能力が無いと断言しよう.そうではあるまい,この理屈は消費税増税の目くらましとして提示しているのだろう.しかし,こんなまやかしの論理を振りかざしては不信感しか残らない.メンバーを入れ替えて議論は一からやり直すすべきである.
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by hiroi22 | 2007-12-15 21:20 | ずっと思う

我ながら芸がないと知りつつ...

 このblogは自分の備忘録の一つなので,気になったことも書き留めておこう.「書き留める」といっても,コピー&ペーストが主体である.なにしろ気になったのは毎度おなじみ(?)の中日新聞の社説だから.部分的に引用したのではそのflavorが損なわれるので,以下コメントを交えて全文引用する.
【社説】

言葉に感じる危うさ 週のはじめに考える
2007年12月9日
 言葉は、時に危険な力を秘めています。それに惑わされて道を誤らないよう、言葉に感じて反応するのではなく、言葉を受け止めて考えなければなりません。
 故司馬遼太郎さんから出版社に戻された原稿のゲラ刷りには、至る所に推敲(すいこう)の跡がありました。こちらを直し、あちらに手を入れ、判読しにくくなって、色鉛筆まで動員したものもありました。
 自分の表現したいことを正確に伝えるために、言葉を慎重に選び、文章を練りあげたのです。
冒頭にある「言葉に感じて反応するのではなく、言葉を受け止めて考えなければなりません。」とはその通りだ.しかし,いつものことだけれど,この社説の的確な表現には敬服する.
 よく「読み」「考える」相手であれば、書く側も言葉の重みを意識せざるを得ません。作家と読者の真剣勝負です。歴史に残る大政治家の多くも言葉を大事にしました。
 軽くなっている“国論”
 対照的なのがテレビの常連である政治家やコメンテーターと称する人たちです。吟味されていない言葉がポンポン飛び出し、視聴者らに考えるいとまを与えません。そこでは言葉が実に軽くなっているのです。
 昨今、その軽さを歓迎し、言葉で考えるのではなく、言葉に感じる傾向があります。その結果、人気が支持と同義になりました。
 作家の池沢夏樹さんは、自衛隊が米軍などの艦船に給油するためインド洋に派遣されることが決まったことを二〇〇二年二月、「原則を越えている」と書きました。自衛隊のインド洋派遣は日本国憲法が認める自衛の範囲を越える、と考えたからです。
 以下は当時の文章「国論が軽くなる」(新刊『虹の彼方に』所収)からの要約、引用です。
 原則を越えるインド洋行きがするする実現してしまったのはなぜだろうと考え、たどり着いたのが「重かったはずの国論が大変に軽くなっている」事実です。そしてある日、空港で重い貨物コンテナを一人で動かしているのをみて、コンテナの下の床に仕込んである無数のボールベアリングの効用に気づきました。
 好き嫌いの判断で選択
 「ボールベアリングの役を果たしているのは言葉である。軽くて、心地よく、抵抗感なくするりと入ってくる広告的な、テレビ的な言葉が重いものを軽く見せる」
 「ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。水から空気までのすべてが商品と化し、人は感性で、つまり一瞬の好き嫌いの判断で、それを選ぶ。それを促すための滑らかで詐欺的な言葉遣いが日本語の最も日常的な用途である」
「言葉が実に軽くなり」,「言葉で考えるのではなく、言葉に感じる傾向」,「ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。」というのも私が感じていることと同じだ.特にネット上の言説を見ているとどうしてこんなに乱暴で無神経なんだと憤慨することがある.う〜む,そういえば最近もこの種のことで憤慨して,無駄とは知りつつ批判をしたのだったなあ.... 
 小泉純一郎元首相もボールベアリングのような言葉を盛んにばらまきました。国会答弁、記者会見、演説などを通し、平易な表現ですが、軽くて、時には無責任な発言で憲法第九条などの重い荷物を軽々と動かしてみせました。
 二年前の総選挙の大勝は、郵政民営化の功罪に関する具体的な議論を避け、問題を「改革是か非か」と単純化した効果でした。
 後継の安倍晋三前首相は、参院選に惨敗して政権を放り出しました。「美しい国」「戦後レジームからの脱却」など観念的な概念を並べただけで、「広告的な、テレビ的な」小泉流言葉遣いができなかったのも一因ですが、参院選では多くの人が、それまでのように言葉に「感じ」て政治的選択をする危険性に気づいたのではないでしょうか。
安倍晋三の言葉遣いにだまされるようでは救いようがないと思うが,しかし「多くの人が、それまでのように言葉に『感じ』て政治的選択をする危険性に気づいた」とはどうだろうか.貧乏性な私はまだ,そこまで安心できない.
 そうかといって前首相には、司馬さんのように思考をぎりぎり磨き、色鉛筆まで駆使して表現を練る能力も忍耐力もなかったようです。
ああ,そのとおりです.
 状況が一変した今も、「給油できないと国益を損なう」「法律が国会で成立しないのは国難」などと言葉を操り政治を動かそうとする人がいます。「だから大連立だ」と現実に政治が動きかけました。
 しかし、「給油には国連決議が必要だ」と原則にこだわる民主党を、参院の多数党にしたのは国民です。法案が成立しにくい「衆参ねじれ現象」をつくったのも国民です。
 それを無視して国益論、国難論を振り回すのは民意否定です。国民の意思から離れた国益はありません。
これもおっしゃる通り.誰かも言っていたが「ねじれ国会」という言葉は誤解を与える.民意としての選挙の結果なのだから「ねじれ」といった否定的なニュアンスを持った言葉はおかしい.
 驚くべきことに、大連立に向けた舞台裏工作の主役は読売新聞主筆の渡辺恒雄氏だといわれます。
 対象を公正、客観的に観察して国民に報告する使命を負ったジャーナリストが、自らニュースの当事者になり、マスコミの影響力を背景に密(ひそ)かに政治を動かそうとしたのは、ジャーナリズムとして邪道です。
ふむ.なかなかはっきり言いますね.一方で,読売新聞の良識あるジャーナリストたちはどう思っているんでしょうね. 
 池沢さんは、アフガン戦争開始などでテロ撲滅のセールスポイントが功を奏したことを念頭に、「上手に売り込まれれば戦争だって買ってしまう」と懸念しました。
 国の進路を決めた標語
 現在の国際情勢では、日本がすぐ戦争に巻き込まれるとは考えられませんが、昭和の歴史は、政府や軍部の繰り出す「聖戦」「国体護持」など簡潔な標語に国民が無批判に感応することの連続でした。
 そんな時代に戻らないように、言葉に「感じる」のではなく、言葉によって考え、注意深く判断するようにしたいものです。

 この言葉に高校時代のことを思い出した.
 私の高校時代,歴史のある教師は授業で歴史上の人物をボロクソにけなすのだ.曰く「○○はトンデモナイ奴で」とか「××は悪党で」とかを連発するのだ.時には「ここに書いてあることはウソで,実は...」とか言い出すのだ.むろん,彼に根拠がないわけではない.彼自身,高校教師でありながら歴史学者としては一家言を持つひとかどの人物で,彼の発言にはそれなりの裏付けがあるものだった.
 彼の独特の言い回しにゲラゲラ笑いながらも,自分自身これまで常識であると思っていたことは,実は何の裏付けもなく何も考えずに信じていただけに過ぎないことを認識して,心の中でひどくショックを感じたのを覚えている.つまり,その教師の発言の真偽はともかくとして,自分がこれまで多くのことを無批判によく考えもせずに受入れていたことを彼の毒舌で自覚させられたのだ.要するに,自分は今まで人の言うことをただ信じてただけなんだ、何にも自分で分かっちゃいなかったんだと.私は,世の中のもっともらしいことを一度疑い,批判して考えるということを気づかせてくれたこの先生にとても感謝しているである.
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by hiroi22 | 2007-12-09 23:30 | じっと思う

フィンランドかぁ...

 経済協力開発機構(OECD)が公表した4日、15歳を対象に06年に実施した国際的な学習到達度調査(PISA)の結果で,日本は総体的に順位を落とした一方,前回トップだったフィンランドが引き続き好成績だったことで,前回以上にフィンランドの教育に対する興味が喚起されているように見える.今朝の朝日新聞でフィンランドの教育に関する解説記事も掲載されていた.これを読んでフムフムと考えてしまった.
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 私自身,フィンランドには何度か訪れ,比較的長く滞在したこともある.フィンランドの全体的な印象は”人々は穏やかでとても文化程度が高い.”ということだ.人々が穏やかというのは,おそらく高福祉国家で,現在と将来の生活が保障されていることによるものだと想像している.その結果,日々の生活を楽しむことや知識教養に関心が向き,自然に人々の文化程度が高くなっているのだろう.反面,税金はとても高く,大して働きもせず昼間から酒浸りの人を時おり町で見かけることになってしまう.スーパーなどでの物価はそんなに高くないが,レストランなどの外食の値段はびっくりするくらいに高い.また,気候は厳しく,一年の大半,太陽が満足にあたらない生活を余儀なくされる.そういった負の側面はあるが,フィンランドに対する私の思いは一言,「うらやましい」である.人々のゆったりした生活に数字では表せない豊かさを感じてしまうのだ.
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 フィンランドに何度も行ったにもかかわらず,その教育についてはほとんど何も知らないのだけれど,どんな理由であれ日本人がフィンランドという国を知るのはとてもよいことだと思う.彼らの社会は日本とまったく違う哲学で構築されている.最近「共生」という言葉をよく聞くが,そういうことが実践されている社会かもしれない.上に挙げた朝日新聞の記事を読むと教育面ではまねをすべきことは多いと思う.(もっともその前に「何が優れた教育か」という問題があるが,今はそれは触れないでおく.)その記事での識者の発言では,フィンランドでの教育の成功は,教師の質が高い(大学院修士以上)ことと教師に責任を持たせていることにあり,日本でも教師の環境を整えることが第一だと主張している.私もこの主張は正しいと思う.日本では,特に最近例の「教育再生会議」なるものの場当たり的な提言に見られるように,教師を管理することばかりを考え,そしてその管理にYESとしか言わないような教師が「よい教師」だと見なす傾向がある.これでは優秀な人材が集まるわけがない.教師は兵隊でもロボットでもないのだ.もっとその職業にふさわしい環境と自ら動ける自由と責任を持たせなければダメである.
 
 むろん,教育にしろ社会のあり方にしろ,フィンランドのやり方をそのまま日本で真似ることは議論があろう.両者の気候風土や文化歴史はあまりに違う.例えば,人口密度は大きな差があるし,フィンランド全体でも大学はわずかな数しかない.大学進学の制度も異なる.特に昨今の「小さな政府」(=大企業・金持ちからは税金取りません政府)が是とされている風潮では,「高福祉国家を目指して税金は今の倍以上に徴収します」といっても,実現は難しいだろう.しかし,少なくともそういう方向性を議論することは出来るのではないかと思う.それは憲法で「健康で文化的な最低限度の生活を保障する.」と謳われながら,餓死者を出すこの国のありかたに対するささやかな異議でもある.
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by hiroi22 | 2007-12-06 17:13 | ずっと思う

床屋の政談のレベル

 東国原宮崎県知事が先日述べた徴兵制云々の発言を撤回したそうである.
<東国原宮崎県知事>徴兵制発言を謝罪 「不適切だった」
 宮崎県の東国原英夫知事は4日、「徴兵制はあってしかるべきだ」などとする自身の発言について「不適切だった。今後は発言に気を付けたい」と述べた。同日、社民党の県議団が抗議したことに謝罪した。 

 知事は先月28日、宮崎市内であった建設業者との座談会で徴兵制について発言した。技術者を養成する全寮制の県立施設について話題が及び「徴兵制があってしかるべき。若者が1年か2年自衛隊に入ってもいいのではないか」と述べた。また、今月2日には、同市内であった講演会で「徴農制によって、若者に農業の大切さを体験させるのはどうか」と語った。

 社民党県議らの抗議に対し、知事は「道徳観の崩壊を心配しての発言」と釈明。そのうえで「例えとしては飛躍しすぎで、不適切でした」と謝罪した。【種市房子】
 実を言うと,この発言の前までは私は東国原知事を高く買っていたのだけれど,この発言でちょっと失望した.こんな単細胞とは思わなかった.どこぞのオヤジが酒をあおって、(自分の不徳は顧みず)クダを巻いて世間に当たり散らしている無責任発言のレベルである.こういう乱暴な議論を「床屋の政談」と言う.県知事が,それも公式の場で発言すべきものではない.
 一方で,この”道徳観の崩壊を心配した”発言が「建設業者との座談会」とはブラックジョークのつもりだったのかと笑わせる.いっそのこと「談合が発覚した業者は1年間自衛隊に行ってもらいます.」とでもすればよかったのではないか?自衛隊の方がお断りだろうけど (^_^)

 それにしても,この発言に抗議したのが社民党議員団というのが腑に落ちない.抗議は当然だが,ほかの議員団は何をしておったのかね?
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by hiroi22 | 2007-12-04 23:19 | じっと思う

「スイカ一枚どこまでイコカ」

 今朝の朝日新聞「スイカ一枚どこまでイコカ」というICカード乗車券についての記事が載っていた.私は故あって最近スイカからPASMOに乗り換えたのだが,そのPASMOが先日訪れた関西のJRで使えないことを発見した.「スイカ=PASMO」と思い込んでいたので,これはちょっとショックだった.そんなことも手伝って,この記事は興味深く読んだ.
 販売枚数はスイカが断然トップなのは当然としても,今年の3月に発行されたPASMO(577万枚)が4年前に発行された関西のイコカ(327万枚)を上回っているのには驚いた.関東圏の市場の大きさ・勢いを示しているのだろうか.関西出身の私にはちょっと寂しい数字だ.ただし,今のところは汎用性という点では,PASMOよりもイコカの方が上回っている.
 そういう“実用的”な情報もさることながら,今や各地で発売されているこの手のカードのネーミングが面白い.関東圏のスイカとPASMO.ワタクシ的にはつまらんネーミングである.関西のイコカのインパクトの前には霞んでしまう.最近関西で発行されたカードは「PiTaPa」というが,これもイコカには負ける.JR東海のものはTOICA(=トイカ)というらしいが,これはSuicaに輪をかけてつまらん名前だ.一方JR九州のカードはスゴカ.これには笑ってしまった.座布団一枚あげたいくらいだが,少し考えると,ちょっと日常語的過ぎで使いにくい気もする.来年JR北海道で導入予定のカードはキタカ.う〜ん,ちょっと二番煎じの味で芸がないかな?
 こうして見ると最初のSuicaの名前が悪すぎるという感がある.(ライバルはいなかったのだからもっと大胆な名前でもよかったはずだ.)イコカのネーミングとの差に関東と関西の気質が現れているような気がする.ちょっとかしこまった関東.そういうお固い感じを嫌う関西.そういえば,初めて関東にやってきた頃,毎日のTV番組が「真面目」なのに違和感を持ったものだ.吉本新喜劇がないからというわけではない(それもあったが).何となく全体的なイメージがおとなしく窮屈で,予定調和に向かって進んでいるような気がしたのだ.そんな雰囲気がスイカというネーミングを呼んだのかも知れない.
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by hiroi22 | 2007-12-01 01:14 | ずっと思う

お役人の習い性

 役所というのは与えられた予算は使い切る、用がなくても使い切る。予算が十分でも足りているとは言わない。少なくとも足りない振りはする。これは役人の本能、習い性。それを痛感させるニュースだ。
<道路事業>10年間で68兆円 国交省が特定財源超す素案
 国土交通省は13日、08年度から10年間の道路建設方針を示す「道路の中期計画」の素案を発表した。87年に閣議決定した「高速網約1万4000キロ」のうち、未着工となっている計約2900キロの必要性を指摘し、ほぼ計画通りの道路完成を求める内容だ。事業費は道路整備に約65兆円、高速道路料金値下げの助成金など関連施策に3兆円で計68兆円。揮発油税(ガソリン税)など道路特定財源の税収見込み額を超えており、一般財源に回す余地がないことを示した。

 高速道路などの建設をめぐっては、小泉政権時代に「無駄な道路は造らない」との大号令の下で、87年閣議決定に盛り込まれた各路線の必要性を再点検する方針に転換した。約1万4000キロのうち、未着工の約2900キロは棚上げ状態だったが、今回の提案を受け建設に向けて再び動き出すことになり、論議を呼びそうだ。

 素案は、本来の税率を上回る暫定税率(ガソリン税の場合、本来の税率の2倍)を10年間、現状維持することも求めた。今後、意見公募などを経て、政府が12月中旬をめどに閣議決定する。

 道路特定財源の使途を道路建設に限定せず一般財源として使うことなどが昨年12月に閣議決定されたのを受けて、国交省は、各路線の必要性を点検。約2900キロについて、すべての区間で効果が費用を上回るとの検証結果を示し、建設が妥当と判断した。最も評価が低かった12区間については、部分的に既存路線の活用などで対応することを求めた。【辻本貴洋】

 早い話が、今まで自分たちが使っていた道路特定財源が横取りされそうになったので「そんなことはさせないよ〜ん」とアッピールしているわけである。これほど正々堂々と役人根性丸出しで自分たちの既得権を主張されると、それを見ているこちらが逆に恥ずかしくなってしまう。この動きに合わせるように,自民党の道路族たちの運動も活発化しているという。公明党出身の大臣すらこの報告をサポートしている。

 やっぱり,この国は一度政権交代をして、全ての利権構造をガラガラポンしなければダメだ。
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by hiroi22 | 2007-11-16 00:03 | ずっと思う

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