ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


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何とも言いようのない石原都知事+α

 明日から旅行に出かけるので、その準備中なんだが、これには一言。
「仏語侮辱」都にも提訴 石原知事発言で語学校長ら
 石原慎太郎東京都知事がフランス語を「数を勘定できない言葉」と侮辱したとして、フランス語学校長マリック・ベルカンヌさんや、カナダ人、日本人ら74人が19日、都に対して謝罪広告と1人当たり5万円の慰謝料を求める訴訟を東京地裁に起こした。原告らは05年、知事個人に謝罪と慰謝料を求めて提訴したが、裁判の中で知事が「都知事としての公的発言だった」と主張したため、都も訴訟相手とした。
 この石原都知事の発言には知人のフランス語研究者も激怒していたが、まあなんとも品のない発言である。どうしたら、こんなことが言えるのかまったく理解出来ない。
 フランスは、夭折した天才数学者ガロアをはじめ、整数論のフェルマー、解析学のコーシー、代数幾何学の天才グロタンディークなどの数多くの世界的数学者を輩出している。たぶん、数学のレベルでは日本より上かも知れない。そのフランス語に対して「数を勘定できない言葉」とは何を血迷っているんでしょうね、この人は。しかもこれが「都知事としての公的発言だった」とは!?おいおい、都庁の人間まで巻き込むのかよ〜!自分で言った暴言は自分で責任を取りなさい!それぐらいの潔さがなくてどうする。

+α
このblog↓に笑ってしまいました。内容の是非は問わないことにしますので、ヨロシク。
日経調査:安倍内閣の支持率、不支持率を下回る
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by hiroi22 | 2007-03-19 22:28 | ずっと思う

書類作りで日が暮れる

 今日の朝刊の「教育」欄に載っていた小さな記事が目にとまった。例の「教育再生会議」の提言に関して、現場の教師の意見を聞いているものだったが、多くの先生の意見(嘆き)として、
「あんなにいっぱい改革が実行されれば、私たちはますます忙しくなります」
というものだったという。問題は「忙しくなる」という中身だが、「書類作りや保護者や地域との会合、学校の印刷物やホームページの充実」のためだということらしい。さらに、このようなことに付随して会議、研修なども増えてしまい、結局子供たちから先生がどんどん遠ざかるという結果になるだろうという。
 これはさもありなんと思う。私は「教育再生会議」の提言というのは、前にも書いた
現場を知らない人々が勝手に思いつきを無責任に並べたもの
と思うからだ。現実的かどうかも斟酌せずに「あれもやれ、これもやれ」と言っているに過ぎない。この記事は
「これ以上、国は何もしなくていい。ただ一つ、先生の数を増やしてほしい。その方がよほど教育再生になりますよ」
というある高校の校長の言葉で締めくくっている。これは本音だろう。「ゆとり教育」で振り回され、また「教育再生会議」で振り回され、教育現場の先生には深く同情する。「ウンザリ」する気持ちも分かる。

 もうひとつ気になったのは、
地方国立大「存続ムリ」 競争型の交付金案牽制
だ。記事によれば、
 発端は、日本経団連の御手洗冨士夫会長ら民間議員4人が2月末の諮問会議に出した提言。運営費交付金が、学生数や設備などに連動して配分されている現状に疑問を投げかけ、配分ルールについて「大学の努力と成果に応じたものに」などとの改革案を示した。
ということに対して、
 日本の半分の県から国立大学が姿を消しかねない——。国立大への国の運営費交付金の配分方法について、経済財政諮問会議の民間議員が「競争原理の導入」を提言したのに対し、文部科学省がこんな試算をまとめた。
さらに
 3月上旬に都内であった国立大学協会の総会では、学長らから悲鳴に近い訴えが相次いだ。「日本の大学教育がほろびかねない」「地方の大学は抹殺される」
 これも現場を見ない、かつ近視眼的な「評価」で大学教育の価値を決めようとする財界の「お偉方」の貧困な発想だ。目先の利益ばかりにとらわれている。教育は商売でも「儲け話」でもないのだ。地方の大学も含めた全体の知的水準の底上げがなければ、日本の地盤沈下は避けられない。実際に地方大学の財政的な困窮はすでに深刻だと聞く。

 かくして大学の先生たちは、誰によってなされるのか分からん「教育の評価」のために、何の役に立つのか分からない妙な書類をせっせと作らなければならないのだろう。エネルギーと資源の無駄なことよのう。
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by hiroi22 | 2007-03-18 22:09 | じっと思う

人の悲しみが分からない殺伐としたblogに負けずに

 人間の世界である。どんな職業でもどうしようもない人間はいる。たとえ教師であってもだ。まだ11歳の小学生が自殺したという。担任教師の「体罰」が原因のようである。
<体罰>「小5息子の自殺原因は教師」両親が提訴 北九州
 訴えによると、永井君は05年4月ごろから担任の女性教諭(51)=退職=に体罰を受けるようになり、泣きながら帰宅することもあった。06年3月16日には胸ぐらをつかまれ、床に押し倒されるなどした。永井君はその直後に教室を飛び出し自宅で首をつって自殺した。
この記事が事実ならば、その51歳の教師がしたことは、教育でもなんでもない。確かに、時として言葉だけではなく、行動による教育も必要だろう。しかし、「胸ぐらをつかまれ、床に押し倒した」などというのは論外である。権力を盾に取っての弱いものへの暴力でしかない。
 我が子をこんな悲惨な状況でなくした親の悲しさは計り知れないだろう。裁判で勝っても亡くなった子供が戻ってくるわけではないが、泣き寝入りをすることはない。また、裁判はこんなことは二度と起きないように警鐘を鳴らすという意義もある。

 それにしても、この訴訟を起こした両親に対する殺伐としたblogの雰囲気はどうだ。この元教師の体罰に対して、えらく理解のある意見が見られる。11歳の小学生の胸ぐらをつかんで床に押し倒すという行為に、いったいどんな教育的意義があるのか?
 また、この両親が子供の異変に気づかなかったことを非難する人もいる。確かに状況がはっきりしないにしても、そういう一面は考えられる。しかし、そもそもこの元教師のひどい暴力がなければ起こりえなかった事件である。非難されるべきはこの元教師以外にあり得ない。
いったい何故にこの元教師の肩入れをする人間が存在するのだろうか
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by hiroi22 | 2007-03-17 01:23 | じっと思う

軽い、あまりに軽い--これを報道するのもどうか

 時代は違うかも知れないが、私が小学校の頃、担任の先生が、へこたれそうになった児童に、よく
そんなチョロコイ(=ふがいない、弱い)ことでどうすんのや
と言っていた。その先生の言葉には
これぐらいのことで弱音を吐いていたら、これからいろいろなことがあるのに負けてしまうぞ。ガンバレ。
という一種の激励のメッセージが込められていたのだ。そして、このニュースを読む。
中3男子が自殺、岐阜市で 「夢を否定された」と遺書
 6日午後2時40分ごろ、岐阜市鏡島精華のマンションの壁に設置されているパイプにビニールひもを掛け、市立中学3年の男子生徒(15)が首をつって死んでいるのを、通り掛かった人が見つけた。岐阜中署は、近くにあった学生かばんに遺書があり、自殺とみて調べている。遺書には「将来の夢を母親に否定された」などと書かれていた。2日朝に行方不明になっていた。同日夜に死亡したとみられる。
悪いけど、この自殺した中3男子に同情する気はない。ただ哀れな人間だったとしか言う他はない。上のことで言えば、こんなふがいないことではどうしようもない。
 「将来の夢を母親に否定された」から自殺したって?まるでお話にならない。親に否定されただけで壊れる「夢」とはなんだ?親にかなえてもらおうと思っていたのか?(今更言ってもしょうがないけど)
 とにかく、無知で軽い、あまりに軽い。「夢」という言葉にまるで実体がないことが分かる。一体、いつから「夢」という言葉がこんなに中身のないチャラチャラしたものになったのだ?

 もう一つ分からないのは、どうしてこの事件をニュースとして報道するかということだ。どういう価値観を持って、これが報道に値するものだと判断したのだろうか。
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by hiroi22 | 2007-03-07 01:08 | じっと思う

アクセルを踏みながらブレーキをかける

 ちょっと日にちが経ったニュースだが;
教委見直し国関与案、はや暗雲 中教審から異論噴出
が目についた。先頃教育再生会議がまとめた報告に異議が出ているのだそうだ。
政府の教育再生会議が5日に案をまとめた直後から、文科相が教委に是正の勧告や指示ができるよう国の権限を強めるべきだとした点に批判が集中したからだ。

 翌6日には全国知事会、市長会、町村会の会長が「地方分権の観点から問題がある」と抗議。

 16日の会議では、北脇保之・静岡県浜松市長が「地方分権の議論を蒸し返す必要はない」、中村正彦・東京都教育長が「案からは教育委員会制度への不信感を感じるが、なぜこういうことが出るのか」と批判が相次いだ。
 これには役所の縄張り争いという側面もあろうが、私はそれだけではないと思う。教育再生会議の報告書に対しては、先日も書き留めたが、もっとはっきり私のスタンスを述べれば、
現場を知らない人間が、無責任に思いつきを並べたもの
である。教育再生会議では、おそらく今まで教育に関する議論なぞ一顧だにしなかったのだろう。したがって、その報告と従来の方針や政策のフィロソフィーと矛盾が出てきても何ら不思議ではない。いわば、アクセルとブレーキを同時に踏むような事態が起きているのだ。
 教育再生会議の報告を眺めていると、「ゆとり教育」の方がずっとましではないかという気がしてくる。しかし、話は大きくなるので、「ゆとり教育」についてはまた別の機会に書き留めようと思う。
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by hiroi22 | 2007-02-19 22:14 | じっと思う

教育再生会議の「報告」なんだが

 (前回の続き)前回述べた視点を勘案しつつ、今回の報告を読んだ。この報告は「概要」と「本文」からなる。これらは、教育再生会議 第1次報告についてで見ることが出来る。「概要」は単なるスローガンのオンパレードで、やたら精神論っぽい表現が目立ち、具体性に乏しい。「教育再生会議」の議論のムードは感じられるが、あまり詳細に検討するものでもなさそうなので、本文を見てみる。この報告での目玉は、新聞などで報じられているように、「ゆとり教育」の見直し、いじめる子供に対する出席停止などの罰則、教員免許の更新制度の導入などなどであろう。そして、この報告を支配する観念は「罰則、競争、評価」である。そして、こういったものの主な対象は、学校、教師、児童生徒である。
 わたしは、まずこの「罰則、競争、評価」というものは教育を論じる時にふさわしいものとは思わない。また、対象を学校、教師、児童生徒を主として論じていることも一面的だと思う。例えば、いじめている子供は出席停止にすればよいとでも言わんばかりの議論はとても乱暴である。この報告書でいう「競争」とは単なる進学競争に堕する可能性が極めて高い。「評価」と簡単にいうが、教育を評価することが果たして可能なのか?それについてはまったく考えていないように見える。
 もう一つの疑念は、仮にこの報告書に書いてあることを認めたとしても、実際に実現可能や実効性が疑わしい提案がいくつもある。例えば、あるところで
学校は、夏休みや放課後を活用して、教員経験者、学生ボランティア、地域の協力も得て、補習を実施するなど学力向上に取り組む。
と言いつつ、そのすぐ下には
学校は、体験活動、文化・芸術、スポーツ、ものづくり、地域に根ざしたふるさと学習など、子供の多様な能力・適性、価値観、興味・関心、進路等に応える。
とある。やれやれ、放課後や夏休みに補習をやらされて、更に体験活動、文化・芸術、スポーツ、ものづくり、地域に根ざしたふるさと学習まで要求されるのか!?生徒も先生も大変だ。高校生になると必修のボランティア活動(なんと矛盾に満ちた表現)が待っている。(-_-)そして真面目な先生は過労死の危険があるね。
もちろん、この報告書を書いた委員の先生方はご自分でやってきたことなんでしょうね!
 この種のことは取り上げればきりがない。突っ込みどころ満載の報告書。つまりは、教育の現場経験のない先生方が書き上げた作文と断じたい。
 ちなみに委員の方は次のお歴々である。

浅利慶太劇団四季代表・演出家
○池田守男株式会社資生堂相談役
海老名香葉子エッセイスト
小野元之独立行政法人日本学術振興会理事長
陰山英男立命館大学大学教育開発・支援センター教授、
立命館小学校副校長
葛西敬之東海旅客鉄道株式会社代表取締役会長
門川大作京都市教育委員会教育長
川勝平太国際日本文化研究センター教授
小谷実可子スポーツコメンテーター
小宮山 宏東京大学総長
品川裕香教育ジャーナリスト
白石真澄東洋大学経済学部教授
張 富士夫トヨタ自動車株式会社会長
中嶋嶺雄国際教養大学理事長・学長
◎野依良治独立行政法人理化学研究所理事長
義家弘介横浜市教育委員会教育委員、東北福祉大学特任講師
渡邉美樹ワタミ株式会社代表取締役社長・CEO、
学校法人郁文館夢学園理事長

(注) ◎座長 ○座長代理
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by hiroi22 | 2007-01-30 00:39 | ずっと思う

教育は理念だけでは・・・(「教育再生会議」の第一次報告)

 「教育再生会議」の第一次報告が発表になった。この報告の意見を述べる前に、私の「教育問題」に関するスタンスを明らかにしておく。
 この種の「教育問題」の議論において子供に直接接する家庭と学校がまず問題にされる。一方、社会全体の関わりを指摘することも出来る。私の立場は社会全体の関わりを重視したものだ。もっと言えば、この社会が子供だけでなく、親にも影響を与え、そしてそれが親を通して間接的に子供に影響を及ぼす。したがって、社会のありようは2重にも3重にもなって子供に影響を与えるのだと考えている。特に最近のマスメディアやインターネットの発展が著しい現代においては重要だと思う。社会全体の影響について次のような思い出がある。
 昔、もう15年以上も前のことだ。北欧のフィンランドにしばらく滞在していたことがある。フィンランドは社会保障や教育面の経済的な支援が手厚い国だ。そのせいか、昼間からでも酔っぱらいを見かける。逆に言えばそんな彼らでも保護を受け暮らしてゆける国なのである。そのフィンランドから帰国する途中、飛行機の乗り継ぎの関係でオランダのアムステルダムに一泊することになった。アムステルダムの空港を降りて市内に出た時に驚いた。人々の人相がとても険悪に見えたのだ。今から思えば、アムステルダムの人々は自然に真面目な顔をして歩いていたのだろう。しかし、ヘルシンキの人々の穏やかな表情を見慣れていたため、その反動としてこのような感想を持ったのだと思っている。そして同時に思ったのは、子供を含めて人々が穏やかに暮らす(暮らせる)社会、これはその社会のおこなう「教育」と相互的にかかわっているものなんだろうということだ。
 私の立場でもう一つ明らかにしておきたいのは、「統計的」という言葉だ。「巨視的な見方」と言ってもよい。
 こういう問題に「社会全体の責任」ということを言及すると、「個人の責任を社会に押しつける」といった風な反論が必ずなされる。これはそうではない。個人の責任は当然ある。しかし、社会全体が悪い方向へ向かえば犯罪が増えるように、子供にとって悪い方向へ社会環境が変化すれば、教育面でのいろいろ深刻な問題が増えるのだ。したがって、巨視的な立場でそれを指摘しなければ、枝葉末節にとらわれた議論しかできないだろう。つまり言わんとしたいのは、社会全体を子供の教育という立場を中心に見直すということだ。更に言えば、こういう観点で議論を進めることは、政府機関など、公権力に近い場では最優先に行なわれるべきであると思う。
 という私の立場から、今回の報告を眺めてみると、ペケである。(つづく)
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by hiroi22 | 2007-01-28 16:56 | ずっと思う

恐ろしい話

 まるで戦前のドイツか北朝鮮のような独裁国家の話である。
Excite エキサイト : 社会ニュース:タウンミーティング中止 教育改革以外も調査へ
朝日新聞:聴衆の半数は関係者 質問は県職員 タウンミーティング
朝日新聞:「やらせ」は8回中5回 タウンミーティング
 「世論操作」や「煽動」という言葉が頭をよぎる。記事を詳しく読むと憂鬱になる。
 内閣府によると、当日の参加者は401人。内訳は不明だが、半数以上は「関係者」だった計算になる。

 さらに八戸市での「やらせ質問」は、文科省の広報室の担当者が書き、広報室長が了承していたことが分かった。この室長は現在、首相官邸で教育再生会議の担当参事官をしている。

 同特別委で文科省の田中壮一郎・生涯学習政策局長は「広報室の担当者が質問項目を作り、広報室長に見せて内閣府に提出した」と説明。笠井亮氏(共産)が「上司の広報室長は『まずい』と指摘しなかったのか」とたたみかけると、田中氏は「上司も『議論活性化に役立てば』と承認した」と答えた。
 文科省が直接関わっていたとは、まったく「優秀」な日本の官僚は一体どこへ行ってしまったのか?

 今回のことは突然降って湧いた話とは到底信じられない。文科省だけでなく、ほかの省庁でも似たようなことは日常茶飯事だったのだろう。過去に遡っても、関係者、責任者の厳罰を行なうべきだ。それがなければ、この社会は「民主的」という仮面を被った独裁国家だ。
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by hiroi22 | 2006-11-12 00:07 | じっと思う

絵に書いたような愚かさ

 思慮のない人たちが現場を知らずして物事を決めるとこういう愚かなことになる。
Excite エキサイト : 社会ニュース<東京・足立区>学力テストの結果で予算配分に差 小中学校
 東京都足立区教委は07年度、区内の公立小中学校(72小学校、37中学校)で実施した学力テストの結果を基に、予算配分に差をつける方針を決めた。最大約300万円の差がつく。「地域格差の拡大につながる懸念がある」との意見もあり、論議を呼びそうだ。
「学力テスト」の結果で予算配分に差をつけるとは一体何を考えているのだろう。その「学力テスト」なるものはそんなに有り難いものなのか?そんなに絶対的なものなのか?考えても見よう、そんなものはどんなにがんばってみたところで、児童生徒たちへの教育の限られた部分しか表さないものだ。そもそも「学力テスト」といっても、結局は業者テストかそれに毛の生えた程度のものだろう。そんなもので税金の配分を決めてどうするのだ?
 この決定で、足立区の教育委がどうしようもないボンクラの集まりであることが明らかになった。彼らの頭の中には多様な価値観という言葉はないようだ。また、子供たちにある色々な可能性というもの、それを育てることの大切さというものも全く理解していないようだ。このように考えると、この記事の最後のコメントもズレている。
 公立学校の政策に詳しい葉養正明・東京学芸大学教授(学校政策論)は「それぞれの学校を活性化させる観点では理解できるが、テストの結果を利用するのはどうか。テスト結果の背後に潜む所得格差など社会要因を十分考えなければ、地域格差の拡大という社会問題に広がる懸念がある」と話した
 非難されるべきは「学力テスト」至上主義であって、「格差」云々ではあるまい。基礎的な学力の強化は必要だ。そのためのいろいろな改革も必要だろう。しかし、学力、それだけが絶対的な価値ではないはずだし、その価値判断にしても「教育」のほんの一面しか見ないようではダメである。愚かなことというほかはない。
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by hiroi22 | 2006-11-05 01:01 | じっと思う

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