ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


by hiroi22

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M. ジャクソンを潰す「教育」関係者

 M. ジャクソンのニュースはその朝のベッドの中で読んだ.私は毎日NYTimesから主要ニュースがメールで送られてくるように登録しているのだ.(ほとんど真剣に読まないのだけれど.)そのメールで今朝の7時前にM. ジャクソンがLAの病院に運ばれたというのが飛び込んできた.そしてそのたった30分余り後,7時半過ぎには死亡のニュースが配信された.眠気も吹っ飛んで「ぎょえええ〜,なんじゃこれは〜」とびっくりした.
 私は,正直M. ジャクソンの音楽は好みじゃない.しかしアメリカだけでなく,日本でもとても人気があることは認識している.追悼のため,盛んにテレビで放映していたスリラーのプロモーションビデオも,どこでだったか何度か見たことがある.大ヒットしただけあってノリのよい歌だったが,それにもましてM. ジャクソンのダンスは素晴らしいと思った.スマートなスタイルを持ち,リズム感と切れのよいダンスパフォーマンスは,胴長短足の日本人にはどうしようもない差がある.エンターティナーとしての才能の豊かさは私のような素人でも感じることができる.
 M. ジャクソンのような才能に出会えることは現代人の特権でもあるが,M. ジャクソン本人にとっても幸運なことだ.いくらエンターティナーとしての才能があっても,奴隷制度のある時代や身分制度で身動きが取れない封建時代では,彼のような才能は日の目を見ることは決してなかっただろう.個人の才能を尊重して,それを開花させようというのは,程度の差こそあれ真っ当な市民社会では当然のことであり,その実りの果実は本人だけでなく,社会全体に共有されうる.これには「教育」が大きな役割を果たしているのは言うまでもない.才能だけで何かを成し遂げるほどの人は稀だ.
 M. ジャクソンが死んだその日にこんなニュースが流れていた.

 <車椅子中学生>町立中入学を義務付ける仮決定 奈良地裁
 奈良県下市町の町立下市中への進学を希望したのに、設備の不備などを理由に町教委が進学を認めなかったとして、車椅子生活を送る谷口明花さん(12)=同町在住=が入学を求めて起こした訴訟で、奈良地裁(一谷好文裁判長)は26日、町教委に対し、同校への入学を義務付ける仮決定を出した。谷口さん側の弁護士によると、中学入学を巡る仮決定は異例という。正式な入学を求めた訴訟は続いており、判決までの措置となる。

 一谷裁判長は「町教委の判断は著しく妥当性を欠き、特別支援教育の理念を没却する」と述べた。

 地裁の決定などによると、谷口さんは脳性まひのため、両足と右腕が不自由。手押しの車椅子で日常生活をしているが、字を書いたり、会話することに支障はなく、今年3月まで介助員2人の付き添いを受けて地元の小学校に通っていた。
 この町の教育委員会は一体何を教育と思っているのだろう.記事によれば,中学入学を拒否した理由として;
 同級生と一緒に町立下市中へ進学することを希望したが、町教委は「成長期で体重が増えるため、階段が多い下市中では、本人と介助員の命の保障ができない」などと入学を認めなかった。
ということが書かれている.バリアフリーを考えるよりも,事故でも起こしてくれては困る,と思ったというわけだ.そこには個人の才能を開花させようという思いはない.ただ,自分たちにとって都合の悪い存在は排除しようという考えしか無い.そういう風に感じる.
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by hiroi22 | 2009-06-27 22:12 | ずっと思う

10億と32%減

 ここ数日,対照的なニュースを目にした.一つはiPhoneのアプリケーションのダウンロード数が9ヶ月で10億に達したというニュース,もう一つはマイクロソフトの1−3月の決算で純利益が32%減となり上場以来23年間で初の減収を記録した,というものだ.
 iPhoneは現在世界中で2000万台くらい売れているが,アプリケーションが10億ダウンロードされたということは1台当たり平均50ということになる.無料のアプリケーションはたくさんあるとはいえ,本当だろうか,と思って自分のを調べてみたら,あらら106もダウンロードしてました,003.gif なるほど,納得.106といっても,同じジャンル,たとえばTo Doソフトをいくつかダウンロードして使用感を比べるなどしてみたので,当然だが全てを使っているわけではない.また,有料のアプリケーション購入もわずかである.他のiPhoneユーザとて同様だろう.しかし,とにかくこの10億という数字は昨年7月iPhone 3Gが発売されて以来のiPhone,Appleの勢いを物語る数字だ.他方,ほぼ時を同じくして発表されたマイクロソフトの減益のニュースは,両者の今の立場をくっきりと浮かび上がらせている.しかし,ここで私が言いたいのはこのことではない.

 Appleもマイクロソフトも共にコンピュータで飯を食ってきた会社だ.言うまでもない.しかし,「これまでは or 数年前までは」という但し書きがつく.近年,AppleはiPod+iTunes Storeでデジタルmusicに参入して大成功を収めた.マイクロソフトはと言うと,あまりはかばかしくない.Windows Vistaの評判はよろしくない.iPodに対抗(?)したZuneは失敗と言っていいだろう.ゲーム機のXBoxは失敗とは言えないまでも目立って成功と言えるかどうか.しかし,こうしてみると,つまり,両社ともその成否は別として,脱PCという流れで動いている.私はその方向は完全に正しいと思う.それを確信させたのがiPhoneの存在だ.
 iPhone.この手のひらに載るガジェットはインターネットの大海への窓口であり,コニュミケーションツールであり,優秀なるPDAであり,パソコンであり,ゲームマシンであり,電子辞書であり,iPodであり etc..単なるモバイル端末ではまったくない,これまでのどんな概念をも覆すものになってしまった.S. JobsはiPhoneの発表のときに「われわれは携帯電話をre-invent(再発明した)」と発言した.しかし,いまや再発明された携帯電話の枠を大きく超えたものになってしまった.しかもこれはiTures&App Storeという強力なシステムの上に載っているのである.iPhoneだけでなく,App StoreなどはAppleに莫大な利益をもたらし,関連する市場に大きな活力を与えている.この勢いは今後も続くだろう.
 対するマイクロソフトはというと,iPhoneの前にして狼狽(うろた)えているように見える.Windows Mobileという携帯電話もどきのマシンは存在していた.しかし,これはWindows PCをそのまま携帯電話のサイズにしたような代物で,とてもじゃないがiPhoneと比べられるものではない.iTunes-iPhone-App Storeという強烈な戦略の前に次の手を打てない状況に追い込まれているように私には映る.PCに代わり,iPhoneのようなモバイル端末を遥かに超えたマシンが次の主役につくのは明らかだ.これに対して,大きく前をゆくAppleと狼狽えて立ち尽くすマイクロソフト.今回の10億のダウンロードと純利益が32%減というニュースにこんなことを感じるのである.

 しかし,次の手を打ちあぐねているということに関して言えば,何もマイクロソフトだけではない.ノキアなども同様だ.彼らはコンセプトだけでもiTunes-iPhone-App Storeに追いつこうと知恵を絞っているように見える.ただし,それは海外の話である.日本の携帯電話に限れば,相変わらずである.ワンセグやカメラの画素数を上げること,つまりハードウェア,それもメーカーの視点のみからのハードの製作に心血を注いでいるように見える.Androidなどの次世代のシステムにも興味があることは承知しているが,依然としてi-modeなどに日本だけ通用する「おいしい制度」に拘泥し,次世代システムに自らリーダーシップを発揮しようという気はないようだ.つまり,余計なリスクは犯さず,適当に儲かりそうになったら他人の尻馬に乗る,としか見えない.どうしてこうなのか?受験勉強至上主義の日本の教育が間違っていた,私はそう思う.人から言われたことしか出来ない.誰も何も言わない状況では何も出来ない,しないのだ.
 そして悪いことに,アホな政治家や官僚どもはその間違いをさらに増幅している.しょうがない.負の拡大は増幅せざるを得ないのだ.007.gif008.gif
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by hiroi22 | 2009-04-25 22:19 | じっと思う

嘘と卑怯とを許容する社会

 「記憶にない」「真意が誤解された」こんな言葉をわれわれは何度聞かされたことだろう。
漆間氏、発言を重ねて否定 「申し訳ないことをした」
 漆間房副長官は9日、西松建設献金事件をめぐり自民党議員への波及を否定したとの発言について「私と私の秘書官の記憶を突き合わせた結果、そういう発言はしたことはない」とあらためて釈明した。
<違法献金>漆間官房副長官が釈明 「自民波及せず」発言で
 漆間巌官房副長官(63)は9日午前の参院予算委員会に出席し、西松建設の違法献金事件について「自民党議員には波及しない」と発言した問題について「検察捜査の中立性、公平性を否定するような発言をしていない。真意が伝わらない形で報道され、まことに申し訳ない」と釈明した。そのうえで「私も記者もメモ、録音をしないルールだ。記者がどう理解したかを私から申し上げることはできない」と述べた。
 漆間官房副長官の発言が飛び出した席には記者が20人ほどいたらしい。そしてその発言を聞いた新聞各社がほとんど同じ内容の記事を書いた。それをこの漆間官房副長官は「私と私の秘書官の記憶を突き合わせた結果、そういう発言はしたことはない」、「私も記者もメモ、録音をしないルールだ。記者がどう理解したかを私から申し上げることはできない」とシラを切るのだ。こんな醜い姿はない。恥ずかしとは思わないのかと言いたくなる。上司たる麻生首相は、もう当然のごとくこの嘘と卑怯な姿勢を擁護している。
 あ〜あ。この人たちに何を望んでも無駄である。何を言っても無駄である。でも、この人たちって「武士道」とか「子ども達の教育」とかエラそうに言ってるんじゃない?冗談じゃない。

 「記憶にない」「真意が誤解された」こんな言葉をわれわれは何度聞かされたことだろう。こんな不正義を見過ごしてはいかんのだ。絶対に。最低限の信義さえ存在しない社会になってしまう。
 
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by hiroi22 | 2009-03-10 23:16 | ずっと思う

アホらしく やがて悲しき 日本かな

「しかし、小泉内閣の一員として最終的に賛成した。(旧郵政省を管轄する)総務相だったんだけど、私は反対だと分かったので、郵政民営化担当ははずされた。ぬれぎぬをかぶされるとオレもはなはだおもしろくない」
 これが我ら日本国臣民が首相として戴く人物の公の場、国会での言葉である。ご立派なほどアホらしすぎて言葉も出ない。場末の居酒屋で酔っぱらってクダを巻く冴えないオヤジの愚痴と間違えてしまうほどだ。
 国会議員としてのそれぞれの考え方はあってよい。しかし先の衆議院選挙の争点として戦われて、ともかくも支持が得られた政策に対する行政府の長としての発言としては全く適格性を欠くものだ。ましてや本人は内閣総理大臣として解散権を有し、自らの政策を国民に問う権利を持っているのである。国会の場でぐだぐだボヤクくらいなら、自らの見識を明らかにしてさっさと解散してみればよいのだ。ところが自己保身が先にたち、そんな度胸もない。つまりは腰抜けなのである(これほどわかりやすい自己保身もないなあ)。

 今回の発言にはさすがに与党からも批判の声が大きく上がっているようだが、それでもまだ手ぬるい。自ら選んだ総理総裁だ。不適格ならばなぜ辞めさせようという声が上がらないのだ?それともまだこの内閣を支持して衆議院での3分の2可決に賛成して協力するつもりか?これは隣町の町会長の話ではない。国民の血税によって成り立ち、その権力を付託されている国政の話である。アメリカのオバマ大統領のような無い物ねだりはやめるにしても、どうして普通の良識を持ったリーダーが選ばれないのか。
こんな悲しい日本がいつまで続くのだろう・・・
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by hiroi22 | 2009-02-07 13:48 | じっと思う

何じゃこれはの「逆説の日本史」

 知人が読んでいるというので井沢元彦の「逆説の日本史」(文庫本)を求めた.長い歴史シリーズ物なのでどの巻にしようか迷ったのだが,まあ初めがよかろうと第1巻を買った.ところが序論から読み始めてびっくりした.いい加減さが暴走しているのだ.この馬鹿馬鹿しさについていけず,結局「序論」を読んで放り投げてしまった.こんないい加減な論理を操って悦にいっている著者のものはこれ以上読んでも無駄なだけである.あ〜あ本代を無駄にしてしまった.
 こんな本が何で売れるんだ?と疑問に思ってGoogleで検索したらやっぱりありました「逆説の日本史批判」.たとえば:
 納得できない『逆説の日本史』
これはわりと歴史学的な立場で具体的に批判されています.私はそういう歴史的な知識は貧しいのでどちらかといえばこちら:
 逆説の日本史の逆説
に我が意を得たりという感じがします.もっともこの方は私よりも先まで読み進んだ上で批判されています.とてもじゃないが私にはそんな忍耐力はありませんでした.002.gif とりあえず私が読んだ短い範囲内で「何じゃこれは?」と思える部分を拾っていきます.
1)井沢氏は学会の「実証主義」「資料中心主義」を批判しています.しかも声高に.しかし,彼のいう「実証主義」「資料中心主義」とはどこまでを指しているのかわかりません.歴史,特に時代を遡れば手に入る資料・データは当然少なくなります.当然,一般に歴史において「実証主義」「資料中心主義」といっても自ずと限界があるのは明らかです.したがって口角泡を飛ばして「『実証主義』『資料中心主義』はけしからん!」といっても鼻白むだけです.乏しい資料から当時のことについて仮説を立てるという作業は,別に井沢氏に言われなくても,考証の過程でなされていることだと思います.逆に井沢氏に問いたいのは,資料なりデータなしで得た結論にどのように説得力を持たせるのか,ということです.「俺が考えたことだから正しい」では学問になりません.
2)井沢氏は「怨霊・呪詛が科学の対象となっていない」とお怒りである.さあてホントにこれが科学の対象になっているかどうかは私は知らない.しかし,その例としてあげたものが噴飯ものなのだ.氏は
「写真というものは印画紙,単なる紙である.しかし,自分の母親の写真は踏みにじることは(普通の人間なら)出来ないだろう.だからその写真には『臨在感』というものがあるのだ.この存在を認めなくして何の科学があろう」
と主張するのだが,はあ?正気か?「臨在感」という結構なものがあったとしてもそれは個人の心の中の存在.「紙」のような物理的な存在と比較する出来るものではない.それとも井沢氏は暗闇で母親の写真が落ちていたとしても,その「臨在感」とやらで見えなくても写真を踏まずにすむのだろうか.これはもうオカルトの世界である.
3)この序論の終わりで井沢氏は「江戸時代百姓は年貢として米を武士に取られて雑穀しか食べることができなかったと唯物史観の学者がよく主張するのはイデオロギー史観だ」と主張する.私はそういう唯物史観の主張は知らないが井沢氏はこの主張に「数学的に」反証している.これがまた信じられない論理なのである.まず彼は尺貫法から切り出す.彼によれば:
a) 一坪に始まる面積の単位はその広さで取れる米の量から決まっているという.
b) そしてそれはその広さで取れる米で人間を養える量が元になった単位という.
c)石高とはその広さの土地で取れる米の量の総和である.
ふ〜ん,そうなんだである.しかし当然これは荒っぽい見積もりであることは言うまでもない.a)でも同じ面積でも土地が肥えているかそうでないかで取れる量は違う.b),c)でも誰が食べるかで養える量は違う.だから彼の数字を信じたとしても「1万石というのは人間1万人を1年間食わせていける農業生産がある」という主張は“完全に正確”というものではない.しかしまあそれは概数で認めよう.ただし「数学的」には彼のご託はなにも目新しいことを語っていない.簡単に言えば「石高というものは領地の田圃の面積を表す.田圃の面積は米の生産量にほぼ比例する」という当たり前のことで済む.後は単位の変換の問題に過ぎない.非本質的なことで知識をひけらかせているのは気に食わないがそれを除けば大したことはない.問題はこの後である.私は次の文を見てひっくり返った.

「たとえば日本の国の総石高が仮に二千万石だとしよう。すなわち農業人口も二千万ということになる。」(p. 74第2〜3行)

・・・何言ってんのぉ?“田圃の面積=農業人口”って一体どこから出てくるんだね?こんな公式が成り立つのならこの世に食料問題は存在しない.これは

「アフリカの食料生産用の土地はXヘクタールある.(これはY人の人間を養える広さなので)したがってアフリカの人口はY人である」

と言っているのと同じである.さすがにこんなことを平然と書くとは信じられなかったので,どこか読み落しがあったのではないかと探してみたのだがーーーない!!この時点でワタクシはこの本を放り投げました.こんな論理を振りかざしているようでは何を書いてもでたらめだし,この先ついていけませんわ.

 実はこれ以外にもまだまだ突っ込みところはあるのである.70ページほどの序文でこれだけのヒドさなのである.参った参った.008.gif
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by hiroi22 | 2008-11-29 21:57 | じっと思う

いずこも同じ秋の夕暮れ

 「現代史の教科書というものは国の誇りを傷つけるものであってはならない.」
 「左傾化した歴史教科書が自国の歴史の暗部を暴き出すことで若者を毒している.」
 どこかで聞いたようなフレーズであります.そう,「自虐史観」を正すニッポソ国の国士の方々のフレーズであります.ところが,これが彼らの専売特許でなかったから面白い.昨日のヘラルドトリビューンでこんな記事が目にとまりました.

History textbook causes an uproar in South Korea

なんでも,韓国では2003年から高校の歴史教科書が,それまでの国定から「歴史観の多様性を涵養するため」6つの出版社から出版されるようになったそうですが,それが韓国の国士の方々の怒りを買っているようです.さらに,韓国の文部省も歴史教科書には文句をつけているそうです.こんなことが書いてありました.
Conservatives say the "left-leaning" textbooks poison the minds of teenagers by reveling in dark corners of history. The books, they say, inspire a "masochistic" view of Korean history...
KoreanをJapaneseに変えたら,どこかで誰かが言ってそうな言葉です.
"The textbooks are teaching a patricidal history," said Park Hyo Chong, a professor of ethics education at Seoul National University and head of Textbook Forum, a conservative group that campaigns against the textbooks. "They teach that South Korea is a country that should not have been born."
 こちらも「自虐史観」だとお怒りのようです.こういう言い方もニッポソ国ではいつも聞きますね.やっぱり,両方共よく似てます.彼らは鏡に映った者同士なのでしょう.
 しかし非難を受けている教科書の著者は次のように述べてます.
"National pride? Patriotism? They should be based on historical facts," said Hong Soon Kwon, a history professor and co-author of the Kumsung textbook.
 なかなか痛快に物を言っていて気持ちがよいです.
 まあ,このような動きは今の大統領になってから顕在化したようで,実際今の大統領もこの動きを支持しているみたいです.国の最高権力者が歴史修正主義を支持しているようでは困ります.日本では幸いにして歴史修正主義者たる元首相は早々に退陣したのが救いです.
 ヘラルドトリビューンは結構痛烈に書いてます.
Conservatives seethed with anger as the Kim and Roh administrations delved into long-hidden aspects of the recent past - collaboration with Japanese colonialists (Park Chung Hee was a Japanese Imperial Army officer), mass killings of civilians during the Korean War and the abuse of political dissidents.
 自分の都合の悪いことは隠したり,自分の都合の良い論理を人に押しつける人って時々いますが,そういう人はあんまり尊敬されません.軽蔑されるでしょうね.国にしても同じだと思います.歴史修正主義者の方々はどうしてそれが分からないんでしょうね.過去の過ちを見て見ぬ振りをするような国があるとすれば,そんな国は尊敬されないでしょう.そしてその国にどうして誇りが持てるというんでしょう.
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by hiroi22 | 2008-11-19 21:59 | じっと思う

こういう唐変木とそれを囃す輩が国を滅ぼしたのね--納得

 太平洋戦争末期,もはや戦力と呼べるような代物はなく,燃料も弾薬も満足にありはしないのに,気違いじみた精神論を振りかざして戦争を継続し,多くの一般市民,特に「特攻」と称して若者を死に追いやった,そんな馬鹿なことがどうして行なわれていたのか理解出来なかった.局所的には,暴発した関東軍に対してほとんど何の処罰も与えないとなどの規律の乱れを放置していたことが信じられなかった.大局的には,わがままな子供かあるいはヤクザのような振る舞いで国際社会から顰蹙を買ってまで,中国を侵略し,あろう事かナチスドイツと手を組んで世界中を敵に回す無謀な戦争を始めて,明治維新以来有為の先駆者たちが何とか築き上げて来た有形無形の財産を灰燼に帰した,そんな馬鹿なことを行なった理由が分からなかった.しかし,オバマ流に言えば,その答えがここにあった.
Excite エキサイト : 政治ニュース:野党、首相の任命責任追及へ 前空幕長が憲法改正を主張
 このオッサンは何か威勢のよいことでも言えば自分が偉いとでも思っているのだろう.何か目立つスタンドプレーをすれば,それで満足なのだろう.前にも書いたが,根拠のない与太話を並べて悦にいっているだけの人物でしかない.真実に対する畏敬も感じられないし,その言動に知性のかけらもない.このオッサンが自衛隊の指揮をとっていたとは恐ろしい話だ.
 こんな人物を自衛隊のトップに引き上げた任命責任は極めて重い.こういう人物を出してしまった自衛隊の教育とはいったい何をしているのか,早急かつ厳格に検証すべきだ.

 マッカーサーは日本を統治する際に「日本人の精神年齢は12歳だ」と言ったと伝えられているが,物事を筋道立てて,理性的,合理的に考えられない人間がトップにいて,それを囃す人間がいる.こういう状況が日本を滅ぼしてしまったのだとわかる.そういうことが眼前に見て取れる.
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by hiroi22 | 2008-11-11 22:25 | ずっと思う

今年の日本シリーズは面白かった

Excite エキサイト : スポーツニュース:ナベQが舞った!西武、4年ぶり日本一!!

 今年の日本シリーズは結構真剣に観戦していた.接戦が多く第7戦まで戦ったということで,盛り上がっていたと思う.このシリーズ,特に第7戦の西武の戦い方が見事だった.劣勢と見るや先発投手陣を惜しげもなくつぎ込み,打順が回ってくると好投していてもあっさりと代打を送り,早めに勝負をかけた采配.相手の攻撃を押さえ,自分の攻撃は積極的にしかける.それが見事にあたり逆転勝利につながった.短期決戦とはこういう風に戦うのだというお手本かも知れない.

 マラソンを百メートル走のように走る選手はいない.それと同じく短期決戦とペナントレースとの戦い方は当然違ってくる.自明の理である.野球に限らない.すぐ結果を出さなければいけないものと,長い目で考えなければいけないものがある.日本シリーズからこんなことをぼんやり考えていて.思い当たったのは最近の学力テストの点数公表問題に見る教育の話である.教育,特に初等・中等教育は長い目で見る典型例である.ところが産業界だかなんだかの要請のせいか,最近は教育においても「目先の結果」を求めているように感じる.
 いわゆるペーパーテストで人を評価した経験があればよく分かるのだが,所詮ペーパーテストはペーパーテストである.能力を測る物差しとしては限界があり過ぎる.この点数に神経を尖らせる人間,特に子供たちの点数にこだわるものは愚か者だ.教育というのは知的に自立した個人を作るのが目的である.そのためにテストというのはそのときの達成度を測るものだ.まさにテストである.したがって,出来ないところがあれば,それは逆に幸いである.なぜなら,不十分なところが見つかったからである.それを自覚してあとの学習で補えばよいのだ.長い目で見ればよいというのはこういうことだ.
 また,実際に誰しも経験することだろうが,試験において自分が特に勉強したものが出ればよい点がとれる,逆にある程度勉強していても漏れている箇所の設問があれば意に反して点数は出ない.限られた設問で試験をするのだから,こういうことは頻繁に起こる.試験問題にしても,本質的でない不適切な設問はいくらでもある.そういう問題にさえも答えられるように務めるのは馬鹿馬鹿しい.要するに,細かな点数にこだわっても意味がない.本人が自分の達成度を認識すればよい.
 いずれにしても,限られた時間内に限れらた問題を解くことを血眼になって競い,その競争において優秀であることが学校教育の到達点・目標点とすることは見直すべきだ.ついでに言えば,「共通学力テストの結果を公表すべきだ」何ぞと声高に叫ぶアホ知事がいるのだから,こんなテストは止めてしまえばよい.(民間の)競争原理を導入すれば全てが良くなるという小泉・竹中のホラ話にだまされて格差社会を作ってしまい,医療崩壊が起こっている.この上教育までもさらに悪くするというのだろうか.

 とまあ,西武の優勝からこんなことまで考えてしまった・・・
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by hiroi22 | 2008-11-11 01:23 | ずっと思う

久々に切れました

 このblogは特に政治のみを語るものでもない.その時々に自分が考えたことを書き綴っている.したがって橋下大阪府知事のみを特に狙い撃ちして批判するということでもない.しかし,これには怒りが込み上げて来た.↓

橋下知事、高校生と熱く議論 財政難訴え「皆で我慢を」(朝日新聞)
橋下知事「日本は自己責任が原則」…私学助成の不安を訴える女子高生を泣かす (dj19の日記)
橋下氏、教育でも新自由主義の権化 (Afternoon Cafe)

「お金のない家庭の子供は教育を受けなくてよろしい.さっさと就職なり,定時制でも行けばよろしい.貧乏人は我慢せよ.」
というご意見だそうです,この知事さんは.「教育立国」とか「教育は国家百年の計」といった言葉が虚しく響きます.
 いったいわれわれの社会が,曲がりなりにも先進国として通用しているのは,子供には真っ当な教育を受けさせたいという人々と,その思いを支えようとして来た社会の力ではないのでしょうか.確かに,過去日本が貧しい時代には家庭の貧しさゆえ学業をあきらめた人々は数多くいたことでしょう.それは貧しい国の悲劇だったといえます.しかし,この現代日本でそんなことは許容する発言をするとはなんという政治家なんでしょう.一介の政治家ではありません,大阪府という行政のトップなのです.彼は教育ということは何にもわかっていません.政治家失格です.
 朝日新聞が伝えたこの言葉もヒドイものです.
 また、無駄な道路整備などでなく教育に税金を回すべきだという女子生徒の話には、知事は腕を組んで聴き入り、「あなたが政治家になって変えればいい」。女子生徒が「それじゃ遅いんですよ」と涙をみせても、「必要か不必要かは最終的に政治判断」と返した。

高校生に対してのこの言動は人間としても軽蔑すべきものです.大阪府民はとんでもない人間をとんでもない役職につけてしまいました.自業自得というにはあまりに悲惨な事態というべきでしょう.

 そういえば,橋下知事の出身大学の早稲田大学は国から多額の私学助成をいただいています.彼は在学中は,もちろん助成を拒否して人より高い学費を支払っていたんでしょうね.
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by hiroi22 | 2008-10-26 20:53 | じっと思う

点数だけ見ることはしない

 前回の橋下知事の話のつづきで、なぜ点数至上主義がいけないかを書き留めようと思ったのだが、手っ取り早く人のblogを参照することにした。手抜きである。
 紹介するのはこれ(↓)
橋下知事もなかなかよい (今こそ中国を見習え 大日本帝国復興を目指す愛国ブログ)
「今こそ中国を見習え 大日本帝国復興を目指す愛国ブログ」というタイトルがいい。中身を読んで、また納得。面白いなあ。こういう手もあるのは承知していたが、徹底しているのがいい。最新の「やはり安倍晋三しかいない」という記事もいい味出している。(一応確認のために注意しておくけれども、彼は正反対のことを書いているのだよ)
 はじめの記事に戻るが、私は彼ほどラディカルな意見は持たないけれど、向いている方向は同じだ。彼の内容とは別に、「答えが決まったものを見つけ出す時間と正確さを競う」点数至上主義の弊害と限界を挙げよう。
 弊害とは何か。まず、「本質を疑う」ということしなくなることだ。与えられた問題には天与の答えがある。したがって、その問題の本質を考えることは意味のないことであり、ただひたすらその答えを見つけ出すことが善とされる。しかし、多くの場合「何が問題なのか」あるいは「その問題を具体的にアプローチ出来る命題に変えること」がまず問題になる。そのような問題意識がなければ、現実には無力になる。言い換えれば、誰かが指示をしてくれなければ一歩も動けない、という事態になりうる。これは点数至上主義の限界でもある。
 もう一つの弊害。これは論理力、あるいは論理的スタミナの欠如だ。時間が限られた状態で解答しなければならない。そのためには、ときに記憶に頼ったり、あるいは条件反射的ないい加減な理屈で、ともかく、それらしい答えを書き出すことになりがちである。物事を本質的に考えている暇はない。
 これについて忘れられないことがある。ずいぶん昔にNHK教育TVで受験か何かの討論を放送していた。そこで現役の高校生が数学について
「自分は、数学の問題とその解答を全て記憶した。しかし、テストで良い点がとれなかった。受験というものは努力が報われないものだ。」
と不満をぶちまけていたのを覚えている。当たり前である。彼は数学の理解とは全く違う方向に努力をしているのだ。そんな努力が報われるわけがない。
 彼の勉強は喩えていえばこうだ。駅を降りて自分のうちまで帰ることを考えよう。彼がやっていることは、一度帰宅するまでの自分の歩く方向と歩数を正確に記憶したということにあたる。ご苦労様なことだ。しかし、お分かりだろう。こんなことは何の役にも立たない。例えば天候、信号機の状態や、車、他の人の歩いている状態で自分の歩行は規制される。上に挙げた彼の勉強法はこれと同じだ。言い換えれば、何にも考えていないのだ。帰宅の話でいえば、人はもっと論理的に考えているはずである。つまり、あの信号を右に曲がって、向こうのアパートの手前の道を左折.....とかである。それは何もかも記憶しようということよりも多少は頭を使う作業である。しかし、結局はそれが一番効率的であるし柔軟性もあるのだ。数学の勉強法でいえば、多少とも抽象的な概念の理解とその特質の理解がまず先決だ。それには多少の論理のスタミナが必要だ。

 人が与えた問題の答えに手早く到達するのが何よりで、論理は二の次ということに慣れたせいなのか、基本的な論理に対する無知が目立つ。自分の周りのオバさんは橋下知事を支持していないので、オバさんは橋下知事を支持しない、なんて言説を持ち出すのはその最たるものなんだよぉ〜 ついでに言えば、この指摘は特定の個別部分を見て全体を結論づけることへの異議なのだが、それを個人的意見への否定と見なすということをやらかすというのは、何だろうね、条件反射?

うーむ、手抜きといった割にたくさん書いてしまったわい。
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by hiroi22 | 2008-09-16 01:46 | ずっと思う

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