ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


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明日から

 明日から(正確にはもう今日からですが)2週間弱少しばかり遠くに行ってきます。地球の裏側のようなところです。それでたぶんその間blogの更新は出来ません。無事に戻ってきたらまたblogを書きたいと思います。
 留守中に世の中がどうなっていることやら....。WBCは終わってるのかな?
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by hiroi22 | 2009-03-12 01:01 | じっと思う

嘘と卑怯とを許容する社会

 「記憶にない」「真意が誤解された」こんな言葉をわれわれは何度聞かされたことだろう。
漆間氏、発言を重ねて否定 「申し訳ないことをした」
 漆間房副長官は9日、西松建設献金事件をめぐり自民党議員への波及を否定したとの発言について「私と私の秘書官の記憶を突き合わせた結果、そういう発言はしたことはない」とあらためて釈明した。
<違法献金>漆間官房副長官が釈明 「自民波及せず」発言で
 漆間巌官房副長官(63)は9日午前の参院予算委員会に出席し、西松建設の違法献金事件について「自民党議員には波及しない」と発言した問題について「検察捜査の中立性、公平性を否定するような発言をしていない。真意が伝わらない形で報道され、まことに申し訳ない」と釈明した。そのうえで「私も記者もメモ、録音をしないルールだ。記者がどう理解したかを私から申し上げることはできない」と述べた。
 漆間官房副長官の発言が飛び出した席には記者が20人ほどいたらしい。そしてその発言を聞いた新聞各社がほとんど同じ内容の記事を書いた。それをこの漆間官房副長官は「私と私の秘書官の記憶を突き合わせた結果、そういう発言はしたことはない」、「私も記者もメモ、録音をしないルールだ。記者がどう理解したかを私から申し上げることはできない」とシラを切るのだ。こんな醜い姿はない。恥ずかしとは思わないのかと言いたくなる。上司たる麻生首相は、もう当然のごとくこの嘘と卑怯な姿勢を擁護している。
 あ〜あ。この人たちに何を望んでも無駄である。何を言っても無駄である。でも、この人たちって「武士道」とか「子ども達の教育」とかエラそうに言ってるんじゃない?冗談じゃない。

 「記憶にない」「真意が誤解された」こんな言葉をわれわれは何度聞かされたことだろう。こんな不正義を見過ごしてはいかんのだ。絶対に。最低限の信義さえ存在しない社会になってしまう。
 
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by hiroi22 | 2009-03-10 23:16 | ずっと思う

いいんじゃない--正しければ反骨を貫こう

 前のエントリーでも書いたが、今回の「西松建設事件」には検察側の言い分には私は組しない。余りにも政治的な捜査・対応だからだ。しかし、この事件に対しての世論の評価は小沢代表には厳しいようである。
61%が小沢代表の辞任求める 共同通信調査
<小沢代表>「辞めるべきだ」57% 民主、支持率も下落
ナニ、かまわぬ。自ら潔白と信じるのならば権力側の走狗になっているかも知れない検察に屈することはない。アンケートに基づく「世論」とやらが正しいとは限らないのだ。他を見て群れる必要はない。正しいと思えば反骨を貫こう。

 政治資金規正法がザル法であることはよく知られている。しかし、逆に言えば「ザル法」であるから正規の抜け道があるということだ。むろんそんな抜け道を作った法律は欠陥商品だし、望ましいことでは決してない。その議論と今回の検察側の政治的捜査とは別の問題だ。

 再度書くが、政権交代の可能性が高い総選挙を前にして野党第1党の党首に嫌疑をかけられる事態になっている。これはまるでどこか遠い独裁国家、警察国家がやる手口である。こんな手口を通用させてはいけない。
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by hiroi22 | 2009-03-08 21:35 | じっと思う

罪刑法定主義ってなんんだっけ?--西松建設事件

 罪刑法定主義
罪刑法定主義(ざいけいほうていしゅぎ)は、ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令(議会制定法を中心とする法体系)において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならないとする原則のことをいう。公権力が恣意的な刑罰を科すことを防止して、国民の権利と自由を保障することを目的とする。事前に法令で罪となる行為と刑罰が規定されていなければ処罰されない、という原則であり、遡及処罰の禁止などの原則が派生的に導かれる。刑罰に限らず行政罰や、損害賠償等の民事罰にも適用されると一般的に解される。
 この記述はWikipediaから拾ってきたが、他のところを当たってみてもほぼ同じであり、私の従来の知識と大差はないのでこれは正しいものだろう。で、今回の小沢民主党代表の事件を見てみる。この罪刑法定主義に鑑みて、私には検察側を支持することが出来ない。少なくとも「政治資金規正法」というものの私の理解の範囲内では。
 法律では企業による献金は禁止されている。しかし、いわゆる政治団体からのものは容認されている。しかも今回のばあい、問題とされる政治団体は個人からの献金を集め、小沢代表だけでなく他の国会議員(多くは自民党だが)にも献金しているという。政治団体からの献金が規制されているのなら分かる、しかしそうでない場合、それを検挙するのは「事前に法令で罪となる行為と刑罰が規定されていなければ処罰されない」という罪刑法定主義から言っておかしい。また、そのほかの議員は不問で小沢民主党代表を狙い撃ちするような操作は検察は権力の走狗なったのではないかと思わせる。
 実際に事件が公にされて以後、新聞などで目にするこの事件に関する情報は意味のない感情論、噂・妄想の域を出ないものばかりで、何を問題として捜査を進めているのかその本質的なものが出てこない。多くの情報は検察側から流されているものだろう。今回のような状況ではそれをそのまま垂れ流すマスコミの罪も重いが、まるで非本質的な情報で、疑心暗鬼の感情のみをあおり立てる検察側のやり方を見ていると、結局小沢氏側の言う「国策捜査」という批判が正当なように思える。
 政権交代を目前にして野党の党首が逮捕される。まるで北朝鮮かアフリカかどこかの非民主的独裁国家の絵である。これが21世紀の日本で起こっているとすれば恐ろしくもあり、情けない話でもある。もっとも、かつての指揮権発動による疑獄事件からの自民党幹事長の放免に見られるように、指揮体系からは検察と言えども権力の走狗になり得るのだ。
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by hiroi22 | 2009-03-05 23:19 | ずっと思う

いささか とうが立った話だけれど

 今更麻生首相の言動に何か非難めいたことを書いてもむなしいだけだし、何も期待できないこの人に思いめぐらすのは時間の無駄というものだけれども、かつてはこんな人もいたんだという記録のために書いておこうと思う。

 麻生首相がブッシュ政権の北朝鮮に対する政策に不満をワシントン・ポストのインタビューで漏らしたそうである。
<麻生首相>北朝鮮核でブッシュ前米政権に不満…米WP紙
 【ワシントン及川正也】米紙ワシントン・ポストは25日、先に訪米した麻生太郎首相とのインタビュー記事を掲載した。首相は北朝鮮の核問題をめぐるブッシュ前米政権の対応について「検証問題で少しあいまいな文言にしようとする傾向があった」と述べ、前政権の方針に不満だったことを明らかにした。

 日本政府はブッシュ前政権が核検証で焦点のサンプル(試料)採取を一時、北朝鮮との「口頭合意」にとどめたことなどに懸念を示していたが、前政権とはいえ、首相が公に米国の外交方針に不満を表明するのは異例。一方、オバマ政権については「クリントン国務長官が検証可能な査察の重要性を明確にしている」と歓迎の意向を示した。

 また、北朝鮮のミサイル発射準備とみられる動きについて「(発射した場合には)国連安保理が直ちに対応をとることが重要だ」と述べた。
ブッシュ政権の政策に不満だったと言うが、言っている本人はそのブッシュ政権時代、安倍内閣で日本の外務大臣を務めたその人だろう。その時にはへいこら尻尾を振っておいて、ブッシュがいなくなった今になって不満を漏らし、現政権を持ち上げる。どこの会社でもいるんだろうな、こういう人。上司におべっかを使っているけど、その上司が左遷でもされて、その後釜が入ってきたとたんに前の上司の悪口を言って、新しい上司は持ち上げる。そういう人は陰口の対象にはなっても尊敬はされない。ましてや一国の宰相の取るべき態度ではあるまい。一言でいえば男らしくない。

 もう一つは先日、麻生首相が「日教組と戦う」とか勇ましく講演をしたそうだが、例によって深く考えずに勇ましく拳を上げたものだから後になって弁明に追われて大変恥ずかしい姿になったというお話。
首相VS記者団:教科書“政治介入”、「そういう意味ではありません」 2月23日午後7時2分~(毎日新聞)
その情けないやり取りを抜粋しよう。
Q:朝日新聞です。総理は昨日の青森の講演で、我々はいい加減な教科書を変えた、というような発言をされたと思うんですが。政治の力で内容を変えさせたとも受け止められる発言なんですけれども検定制度の趣旨からして、政治的介入はあってはならないと思うのですが。

A:それは当然ですよ。それは当然です。教科書検定っていう制度がありますんで、それによって。確かあれはペットを家族の一員というような話だったんじゃないすかね、あれは。それはちょっと違うんじゃないかということで、あれは検定に関して、ペットに対する表現は変えた、たぶんその例だったと思いますけどね。私の記憶です。

Q:教科書を変えさせたということについては。

A:いや、変えた。いや変えさせたと言ったのか知りませんけど。あれは教科書検定、検定委員会だったっけな。教科書検定委員会が変える、ここが責任です。

(中略)

Q:今の件ですけれども、変えさせたということは、言葉通り聞くと政治介入をしたという風にしか受け取れないんですけれども。

A:そういう意味ではありません。教科書検定、え、なんだったっけ。検定委員会だっけ。検定委員会が変える。そこが、責任を持って変えるということです。
 麻生太郎のしどろもどろの状態が目に浮かぶようなやり取りである。で、本人は実際に何を言ったか?ありがたいことに東奥日報が全文を掲載してくれている。それによれば当該箇所は次の通り。
教育基本法の話でも、また、今のソマリアの話1つにしてもちゃんとまとまって答えてくれない。そいういった所は、われわれにとってあのいい加減な教科書をわれわれは教育基本法を変えてあのいいかげんな教科書を変えました。覚えていない人もいるかもしれませんが、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒の写真、こちらは犬と子供と一緒の写真で、両方家族ですと。うまいように書いてあるように見えるでしょう。犬と子供もおじいちゃんとおばあちゃんも一緒の扱い。おばあちゃんは犬と同じか、こんなふざけた話がどこにあるのか、と言って当時やりあったことがあります。相手はご存じ日教組です。
 「検定委員会」の「け」の字も出てこない。それどころか「教科書を変えた」と自慢しているのである。
 勇ましい話も結構である。しかし後で言い訳をするようなミットモナイことになるのなら、あるいは抗弁する度胸もないのなら初めから止めとけと言いたい。上の話で看破出来ないことがもう一つある。麻生太郎は犬を家族の写真から外したことを自慢している。なぜ愛犬を家族として認めてはいけないのか?「おじいちゃんとおばあちゃんと一緒の写真」を愛犬と一緒の写真と並べたら「おばあちゃんは犬と同じか、こんなふざけた話」にどうしてなるのか?愛犬を家族と思うのが日教組の考え方でおかしいというのならば、全国の愛犬家そして愛猫家は皆日教組を支持するだろう。

 初めに書いたように、こんなことを書くのはむなしいし時間の無駄なだけなんだけど・・・
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by hiroi22 | 2009-03-03 01:10 | じっと思う

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