ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


by hiroi22

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この一年のblogで自分の思考を振り返る

 今年もblogを書くという行為を通して自分の考えていたことを書き留めた.一年の最後にそれを振り返ってみる.
 個人の趣味的なことから政治まで、好き勝手なことを書いてきたが,今年は政治がらみのことが多かった.まず,「教育再生会議」に関することからはじめた.

教育再生会議の「報告」なんだが(1/30)
アクセルを踏みながらブレーキをかける(2/19)

 賑々しく始まった「教育再生会議」だが,報告を出す度に化けの皮が剥がれて,多くの人々の失望(失笑?)を買っていた.ま〜、私もその方向で書いているが,このblogで早々に(1/30)「(教育再生会議の報告書は)教育の現場経験のない先生方が書き上げた作文」と断定したのは正解であった.
 政治がらみでもう一つは,安倍内閣のボンクラぶりに呆れ、怒り、情けなく思う記事がやっぱり目につく.

「恥の文化」も今は昔(3/1)
情けない・・・(3/8)
懲りずに”やらせタウンミーティング”の発想--情けない(4/28)
こんな日本に誰がした---必要にして十分な批判(5/24)
無資格者の傍若無人(7/3) 等々多数.

 ま、こんな内閣は今後一切出て来ないで欲しい.この内閣の唯一の功績は,これまでインタビューなどであった「首相なんて誰がなっても同じでしょ」みたいな訳知り顔をつくろったコメントが,もはや恥ずかしくて出来なくなったことだろう.
 安倍内閣がらみで,他人様を少し皮肉ったことも書いた.

がんばれ,産経(10/6)
右翼な人達が触れて欲しくない過去(11/2)

ここに寄せられたコメントも含めて読み返してみて、再び「あはは」と笑ってしまう私は性格が悪いのでせうか.(^_^)

 一般(?)ジャンルでは10月にNHKでポアンカレ予想のTV番組が放映され,そのためこのblogのアクセス数が瞬間的に跳ね上がったことに驚かされた.実は、「ポアンカレ予想」というキーワードは,このblogの検索ワードのトップを常に占めている用語なのだが,それにしてもTV番組の影響力をまざまざと見せつけるアクセス数だった.

NHKのポアンカレ予想の番組を見る

 検索ワードでいえば「田幸和歌子」というのもしぶとく上位に名を連ねている.この人のエキサイトの記事を批判したものがヒットしていると思われる.

田幸和歌子クン,もういっぺん出直しなさい!
エスカレーター談義

私と同じようにこの人の記事にはうんざりしている人が多いのだろう.まあ、この人はいろんな意味でリテラシーが不足しているお方と見た.

 Apple信者としてのおつとめも忘れていない.特に今年11月に発売になったMac OSXの新バージョンLeopardは快適さはしっかり報告いたしました.

Leopardと戯れる
私のお気に入りのLeopardの機能

 今年も私の意見に賛否両方のコメントたくさんいただいた.コメントをくださった皆さんには改めて感謝いたします.と一旦謝辞を述べておいて・・・
 寄せられたコメントの中には、悲しくなるようなものが見受けられます.内容というよりもその文章が問題なのです.コメント欄が短いのは分かりますが、基本的な論旨が立てられていないものがあります.匿名だし、人のblogだという意識があるのだろうと思いますが,こういうコメントが私の意見と反対の場合(いつか書いた気もするけど)「ああ、こんな書き方しか出来ない人の反対意見は,結果として自分の意見のサポートになるなあ」と思ったりしているわけです.emoticon-0105-wink.gif
 最後になりましたが、ファンのお方もアンチのお方も良いお年を!
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by hiroi22 | 2007-12-31 18:49 | じっと思う

ブット元首相の暗殺,福田首相の訪中・・・

 パキスタンのブット元首相が暗殺された.それに抗議してパキスタン各地で暴動が起こっているという.ニュースで見る限り,めちゃくちゃな事態が起こっているとしか言いようがない(日本でも長崎市長が背後から拳銃で撃たれたり,加藤紘一議員の実家が放火によって全焼させられたりということがあり、胸を張って自慢出来るものではないが).遠い地の果ての出来事だが,パキスタンという国は,曲がりなりにも核保有国なのである.いったいこれからどうなってしまうのだろうと思う.
 社会を成り立たせて,健全に機能させるのは一人一人の人間だ.そこに社会常識と社会正義がなければヒトの社会ではない.自分と違う意見の人間を暴力で抹殺しようとする人間を許してはならない.今の事態を見ると,パキスタンの社会が崩壊するのではないかという危惧さえ覚える.

 そんな中で、福田首相の中国訪問と首脳会談のニュースを見た.首脳会談後の記者会見で福田首相は「信頼」ということを何度も口にした.そしてそのための人的交流の必要性も説いていた.また北京大学での講演では「日中関係の歴史や様々な経緯、国際情勢の流れに思いを致さない大局観の欠如、折々の感情に流されて事を進める危険性も指摘しなければならない」とも述べた.これは日中両国に存在する偏狭なナショナリズムを公然と批判したものだ.
 中国側の破格の厚遇に答えた面もあるにせよ,同時に起こっているパキスタンの情勢と比較して,福田首相の一連の発言に深い理性を感じ,安堵感が心の中いっぱいに広がった.朝日新聞の社説では
 ねばり強く交渉し、利害を調整する。それが外交であり、政治家の役割、責任だ。民族感情の対立にせず、実務的に処理していこうという今の両国指導者の姿勢を評価したい。
という一文を寄せているが,まったく同感だ.
 福田政権発足の折、「個人的には少しは期待はしている.」と書いたが,今回は期待以上だったなァ.はい、素直に賞賛いたします.emoticon-0148-yes.gifご苦労様でした!
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by hiroi22 | 2007-12-29 23:04 | じっと思う

素直にうれしいオシムの回復

 脳梗塞で倒れたオシム前日本代表監督の回復が伝えられた.
<オシム前監督>歩行訓練も始める…川淵会長が初めて見舞い
 この記事によれば、オシム前日本代表監督は左半身がやや不自由だが,それ以外は言語も含めて問題がない様子だ.いつものオシム節も健在なようで,ともかくもホッとした.
 日本代表には新たに岡田監督が決まった以上,オシム前日本代表監督が完全に回復しても代表監督に復帰することはあるまい(逆にそのような事態になれば、そのときは日本代表の大ピンチという情勢なのだろう).しかし、賢明なオシム氏のことだ,きっと何らかの形で日本サッカー界に貢献してくれることだろう.それがどんな形になるのか今から楽しみだ.

 年末にうれしいニュースが流れて気分がよろしい.祝杯でもあげたい気分だが,既にビールは飲んでしまったんだよな〜 今日は祝杯は諦めて、明日オシム氏の順調な回復を祈りつつほろ酔い気分を楽しむことにしよう.emoticon-0102-bigsmile.gif
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by hiroi22 | 2007-12-27 22:38 | じっと思う

まだいたのか「教育再生会議」

 先日、「教育再生会議」の第3次報告なるものが出された.個人的には「まだやってたのか」という印象だが,実際そういう雰囲気のようで,
 「首相からは何も期待できないと感じた。委員も熱意は冷めている」。25日の会合後、渡辺美樹委員(ワタミ社長)は記者団に語った。この日の出席委員は17人中9人にとどまった。
という25日の毎日新聞の記事が伝えるようにもはや”死に体”の会議なんだろう.
 面白いのはこの第3次報告の報道の違いだ.この報告では,「徳育」の教科化にこだわっているようで,朝日新聞,毎日新聞,中日新聞ともに「まだ言ってるよ」みたいな調子で伝えていた.
 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)で慎重な意見が相次いでいる徳育については、改めて「教科化し、年間を通じて計画的に指導する」と盛り込んだ。(朝日新聞)
 冷淡さが目立ったのは、学校に対する外部評価制度、学校選択の自由を認める教育バウチャー制などで、安倍政権当時の6月の第2次報告から書きぶりが軒並みトーンダウンした。「安倍カラー」は文部科学省が慎重な徳育の「教科化」を2次報告に続いて明記するのが精いっぱいだった。(毎日新聞)
「徳育」の教科化に中央教育審議会では慎重論が大勢を占める一方で、再生会議はなおもこだわりをみせるなど、三次報告には安倍カラーがにじんでいる。(中日新聞社説)
ところが共同通信の記事となるとこの項目はまったく触れられていない.「徳育」の「と」の字もない.短い記事で次のように書いている.
 政府の教育再生会議(座長・野依良治理化学研究所理事長)は25日午後、総会で第3次報告を決定、福田首相に提出した。学力向上策に力点を置き、小中9年制一貫校の制度化や飛び級、大学への飛び入学の促進により、学校教育法制定(47年)以来の学制である「6・3・3・4制」を弾力化するよう提言。小学校での英語教育の実施や、教科書改革、専科教員配置による理科教育の強化も求めた。
報道にとって何が事実かを考えさせるよい例かもしれない.

 以前、このblogで述べたように,教育再生会議は現場を知らない人間が好き勝手なことを言っている会議だと思っている.これは多くの人がそう思っているようで,ネットで見つけた北海道新聞の社説がこのことを的確に表現している.
再生会議が、今の教育のどこに問題があるのかをデータで明らかにし、対策を模索した形跡はない。政策の効果がどの程度なのかも判然としない。

 提言の実現性や実効性があいまいでは、公教育の再生はおぼつかない。

 学力向上が重要だと強調しながら、「できる子」への対策が並び、「そうでない子」への目配りが欠けている点でも不満が残る。

 再生会議のメンバーには元スポーツ選手、エッセイスト、財界人など教育問題の素人が大半だ。

 専門家でない人が、教育について独自の発想や意見を述べることが悪いわけではない。だが、その提言には実現性に疑問符がつく内容が散見される。
(中略)
 それを素通りして、素人の思いつきに近いアイデアが政策に反映されれば教育現場は混乱するだけだろう。

 道徳の教科化もそうだ。特定の価値観を「教科」という形で子どもと学校に押しつければ、教育はゆがむのではないか。

 将棋では「形作り」という手がある.負けを覚悟した側が「負けました」と投了する前に,負けた形ができるだけよくなるような手を指すのだ.一般に,敵の王様に肉薄した形を作ってから投了することが多い.教育再生会議も第3次報告を出したということで,いちおうの「形作り」がなされて面子が保てたと見て、解散すべき時だろう.
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by hiroi22 | 2007-12-27 00:57 | じっと思う

クリスマス、スルーする私は嫌な奴?

 また喧騒のクリスマスである.私は子供の頃クリスマスにフラッと行った近所のバプテスト教会で見た子供の寸劇と,そのときにもらったお菓子につられて半年ほど日曜学校に通った経験があるのだ.やや動機が不純で,しかも日曜学校の先生にマホメットとお釈迦さんのことについて質問するという生意気なところもあったが,ともかくもキリスト教や新旧の聖書についてはそれなりの知識は身につけた(はず).しかしそれを抜きにしても喧騒のクリスマスは毎年のことながら苦々しい.
 とまあ,こんな風に始めて以下ズラズラと苦言を呈しても新味がなく俗っぽいことは承知している.せいぜい,ぼやき漫才のネタにしかならないだろう(そういえば,今夜は恒例のM-1グランプリだった).でも書いておくもんね.自分のblogである.備忘録として書いておけば,つまらんことでも後で読み直して何かを感じるかもしれないから....

 キリスト教徒でもないのにクリスマスを特別な日と思い騒ぐのが悪いとはいわない.日本人は宗教について節操がない.お稲荷さんだろうがキリスト様だろうが酒盛りの理由になれば許される.たいした理由がなくても都合がよいことなら誰も文句は言わないのである.日本の「建国記念の日」なんて,カルト右翼以外は誰も歴史的意味のある日とは思ってないけど,いちおう休みなので文句はいわない.クリスマスも酒を飲んでおいしい料理を食べるための理由になるのだから立派なものである.気に入らないのはTVやラジオで連発される「クリスマスだから○○しましょう」または「クリスマスには○○を」というフレーズである.わざとらしい.ほっといて欲しいものである.
 もう一つ気に,クリスマスイブには恋人同士が素敵な夜を過ごす(or過ごさなければならない)みたいな押しつけも気に入らない.ナンんだぁ?それはと言いたいね.そんなアホみたいな情報操作に乗せられる必要なし!

 ここまで書いてみ直してみても,どうもなんだか脈絡のはっきりしないぼやき漫才の感があるが,まあこれはこのままにしておこう.反省の種も人生には必要であるから.
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by hiroi22 | 2007-12-24 00:21 | ずっと思う

「突然返位」の置き土産に苦しむNHK

 先日「創作四字熟語」なるものの優秀作品の発表があった.面白かったのは「突然返位」(とつぜんへんい)=所信を表明した直後に急に辞任すること.なかなかうまく考えてある.ほかに我竜天制(がりょうてんせい)=落合オレ流野球で中日ドラゴンズ53年ぶり日本シリーズ制覇,というのも人気があったようだが,これは個人的にはもう一つ.やはり権力者を皮肉らなくては面白くない.突然変異なお方は突然返位で消えてしまったが,例えば「教育再生会議」などもそうだけれど,主は去っても彼の残した妙なものがまだ幅を利かせている.

 NHKの次期会長の人選が揺れている.正確に言うと揺れているのはNHK次期会長選びを進めているNHK経営委員会というべきだろう.
<NHK経営委>古森委員長への批判、会長人選が暗礁も(記事は末尾に引用した)
古森委員長自らが明言した「全会一致で決めた」ことに2委員から反旗が翻されたわけであるから,委員会報告としては事実ではなかったことになる.少なくとも委員長として委員会運営が適切でなかったことは否めない.
 この記事の内容を見る限り古森委員長の肩を持つことはできない.彼はよくある「強引・強権的」な人間のようである.そういう人が富士フィルムなどの私企業でトップでいるのにはもちろん何の問題もない.企業とは利益を上げるのが第一だからだ.トップは関係ない.ただ,私としては
「富士フィルムの社員の皆さん,お疲れさん!サラリーマンは辛いね.」
と同情するのみである.
 ただここで喚起すべきは,彼が現在の委員長になったのは今年の6月26日だということだ.つまり半年前.そして,この人事は政治の介入人事であったということである.つまり,あの「突然返位」の安倍晋三の介入人事.この古森重隆という人は安倍前首相を囲む「四季の会」のメンバーであった財界人だ.
 「議会制民主主義」も何たるかも分からず,強行採決を繰り返した安倍晋三が,メディアもマスコミの何たるかも理解できるはずがない.結局は安倍晋三おなじみの「お友達人事」である.もちろん「お友達人事」であっても,NHKの経営委員会委員長としてまともな見識があれば問題がないが,「(参議院選挙中波)歴史番組の放映は控えるべきだ」と発言したり(どういう権限で口出しをするのだ?),やはりというべきかこの人もおかしい.さすがに前首相を囲む会のメンバーであっただけのことはある.
 そんな混乱を収める目的か,新会長の名前が浮上した.
<NHK>次期会長候補にアサヒビール相談役、福地茂雄氏
このアサヒビール相談役、福地茂雄氏という人がどんな人かは知らぬが,委員長自ら会長候補を担ぎ出して話を進めるというのは民主的とは言い難い.たとえ見かけ上すんなり決まったとしてもしこりは残るだろう.
<NHK経営委>古森委員長への批判、会長人選が暗礁も
 NHK経営委員会(委員長=古森重隆・富士フイルムホールディングス社長)の菅原明子、保ゆかり両委員は19日開いた会見で、橋本元一NHK会長の後任選出を巡る古森委員長の議事運営が独断的だとして、文書で抗議したことを明らかにした。経営委員が独自に会見するのは極めて異例。対応が改善されなければ、両委員とも辞任する考えを示している。

 菅原委員らに同調する動きが広がれば、25日の決定を目指して古森委員長主導で進められている人選は暗礁に乗り上げ、放送法により橋本会長が当面続投する可能性もある。

 菅原委員らがファクスで古森委員長に送った申し入れ書では▽威圧的と取れる言葉で議論を封殺せず民主的な議事運営▽委員長個人の「意中の人物」を押し付けず、各委員推薦の候補も平等に扱う▽委員のみで会長人事を議論する「指名委員会」の議論を議事録などで公開する――ことを求めている。

 また、菅原委員は13日の指名委でのやり取りのメモも公表。それによると、古森委員長が次期会長を内部から選ぶか外部にするか決めようと迫った。菅原委員によると、態度保留が2人で、他の2人がNHK内部がいいと答えた。しかし、古森委員長は「私の周りは全部、外部の方が良い改革ができると言っている」と強弁。会議終了後、全会一致で現執行部を除外する方針を公表した。さらに、各委員に推薦候補を挙げさせながら自分は明かさなかった。菅原委員は「25日の委員会でいきなり引き合わされ、決まる道筋になった」と述べたうえで、独自の候補を推薦する考えを明らかにした。【丸山進】

 委員2人が会見したことについて、古森委員長はコメントを出した。「本来経営委員会で議論すべき内容を、なぜ委員会内での議論を経ずにこのような運びとなったのか驚いている。備忘録と称する資料にも多々不正確で意図的ともとれる誤った記述もみられ、恣意(しい)的で無責任との印象を受けている」などとしたうえで「議事で一方的な運営をしたという事実はない。経営委の場を通じて両名の意見についても十分議論し、経営委としての機能を果たしていく」と結んでいる。

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by hiroi22 | 2007-12-21 22:27 | ずっと思う

甲子園ボウル

 今回は日曜日に行なわれた甲子園ボウルの感想である.でも,アメリカンフットボールに興味のある人向け.

 関学対日大の甲子園ボウルを見た.深夜枠で中継録画であったが眠気が吹っ飛んだ.まるでアニメを見ているような凄い試合だった.41−38の3点差で関学の勝利.しかし,試合を決めた最後の逆転タッチダウンは終了3秒前に決まっり,それも関学の第4ダウンの攻撃.現実にこんな試合になったことは,見ていなければウソだと思うだろう.

 始まる前から,「赤と青の対戦」ともてはやされた試合だった.赤=日大,青=関学.これまで嫌というほど甲子園ボウルの対戦があったが,ここ最近は日大が入れ替え戦の危機に陥るほどの不振で甲子園ボウルどころではなかった.今シーズンはその日大が名門を立て直して久々の対戦が実現したのだ.
 試合前はこの試合はそんなに期待はしていなかった.日大=故篠武監督のスパルタ練習というイメージでいけ好かないチームだったし,何より久々に甲子園ボウル登場ということで,実力的には関学が一枚上だと思っていたからだ.関学というのはアメリカンフットボールの作戦に長けた試合運びのうまいチームだ.甲子園ボウルで試合運びで実力以上の結果を出すことはあっても,自分より実力が下のチームに取りこぼしをするような試合にはならないだろうと思っていた.しかし,試合を見て驚いた.日大の守備ラインが凄い.大きくて速い.前半は予想に反して点が入らない.10−10で折り返した.

 両チームのフォーメーションはショットガンである.QBがセンターの5,6ヤード後方に位置することは両チームとも同じだが,RBの位置が少し違う.日大はRBがQBのさらに後方にセットする.関学はRBはQBの少しだけ後方にセットして,ほぼ並んでいると言ってもいい位置である.私は最近あまりアメリカンフットボール,特に学生のそれは見る機会がない.そのせいか,両チームのフォーメーションには少し驚いた.篠竹監督直伝のショットガンVともかけ離れている.
 ClassicalなIフォーメーションやTフォーメーションではFBのダイブプレーという武器がある.これが基本となって様々なランニングプレーが展開される.QBがスクリメージラインのはるか後方に位置するショットガンではこの武器が使えない.したがって守備側にランニングプレーをアジャストされやすいという欠点があった.過去ショットガンを使うチームは,ランニングプレーにおいてこの欠点をどう克服するかに腐心していたように思う.例えば,RBをQBとセンターの中間に置いて,センターからのダイレクトスナップでダイブプレーを行なうということもあった.ところがこの両チーム,特に日大のショットガンはこのクイックヒットによるランプレーはもう完全に放棄したフォーメーションだ.この点に関しては開き直っているといってもよいかもしれない.
 実際に展開されるランニングプレーでは,QBはRBに直接ハンドオフして走らせるという単純なものだったが,常にプレーアクションパスを警戒しなければならないということ,QBのフェイクの巧みさ,RBのスピードとオフェンスラインの能力で進んでいるように見えた.他方,このフォーメーションでオプションプレーは難しい.まあ,その裏のパスプレーがあるのだろうけれど,オプションプレーはあまり有効には見えなかった.個人的には,カレッジフットボールらしいオプションプレーや,ラン&シュートが好きなのだが,ともあれショットガンはショットガンで進化していることが見て取れた.

 試合の後半は点の取り合いになった.これは両チームのオフェンスが相手のデフェンスを分析して,後半にその弱点を突いたこともあろうが,デフェンスの疲労ということも大きかったと思う.QBが後方からパスを投げるショットガンでは,デフェンス,特にラインはQBに対してプレッシャーをかけることを毎回要求される.そのために通常のオフェンスのフォーメーションよりもさらに長い距離を突進する.これはかなりスタミナを使う守備になる.しかも,この試合はリーグ戦よりも長い1Q15分である.ただし,そういうことを考慮に入れても,日大のオフェンス人は最高のパフォーマンスを見せた.関学に10点差を付けられた直後のキックオフリターンでTDをあげたRB金(こん)のスピードには目を見張った.自陣奥深くからストリークに走るWR秋山への大胆な逆転TDパスは関学デフェンスの度肝を抜いたことだろう.また,最後のTDとなったリバースのトリックプレーは,これに引っかかった関学の守備としてはややお粗末の感を免れないが,スペシャルプレーとしてまんまと決まった.
 しかし,相手がこれだけのプレーをしても最後に勝ってしまうのが関学のいやらしく,かつフットボールをよく知っている戦い方といえるかもしれない.それを演出したQB三原の冷静なプレーぶりは驚嘆するしかない.こういう選手を信頼しての関学逆転のシナリオが書かれたのだろう.その信頼に応えるのもさすがである.

 とにかくよい試合を見せてくれた両チームの健闘を讃えたい.しかしTV局はいけない.深夜枠は諦めるとしても,得点シーンを中心に編集するというのはやめて欲しい.フットボールは作戦の競技である.得点できないシリーズにも意味がある.全プレーノーカットで放送して欲しい.なにしろ「毎日」甲子園ボウルなのであるから.もし,そういう放送が無理ならば,関西協会は放送権をNHKに戻すべきだ.
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by hiroi22 | 2007-12-19 01:03 | じっと思う

まやかしの論理は不信感しか残らない

 私にしては超多忙な一週間が終わった.超多忙と言っても,忘年会にはしっかり参加していたのでたかが知れているのかもしれないが.しかし,その一方で家人が階段から落ちて腕を骨折する事件があり,結局は私にとって「忙しくていろいろハプニングのあった7日間」として記憶されよう.そんなこんなでまともに新聞すら読むことができなかったのだけれども,とりあえず前から気になっていたことを書き留めておこう.
 先日,来年度の与党税制改正大綱がまとまった.相変わらず消費税増税を匂わせた内容である.朝日新聞の記事によれば,
 自民、公明両党が13日午後にまとめる08年度与党税制改正大綱の全容が明らかになった。消費税について「年金、医療、介護などの社会保障給付や少子化対策の費用を賄う主要な財源」との位置づけを明記。そのうえで「社会保障財源を充実することを検討する」として、将来の税率引き上げの方向性を打ち出した。ただ、引き上げ幅や時期は明記せず、将来の検討課題とした。

 大綱では、税制の抜本改革の原則として「新たな国民負担は、すべて国民に還元する」とした。消費税を引き上げる際には、社会保障だけに振り向けるという「目的税化」の考え方を事実上打ち出したものだ。
とある.消費税増税の根拠として”社会保障だけに振り向けるという「目的税化」の考え方”何ぞというインチキをまだ振り回しているのかと怒りさえ湧いてくる.このインチキ具合については,

政府によるまやかし~消費税・「思いやり予算」・生活保護・薬害肝炎
(世界の片隅でニュースを読む)

「社会保障のための消費税増税」というまやかし
(同上)
消費税の増税目的税化は欺瞞(野口悠紀雄Online)
で詳細に解説されているが,それを refer するだけというのもナンなので,こんな会話を考えてみた.
########################
息子(以下む):ママぁ,来月から僕の小遣いを2千円アップして欲しいんだけどぉ.
ママ(以下マ):どうして,あなたには一月2万円もあげているでしょ?
む:あのさぁー,この2千円は参考書とか問題集とか勉強中心に使うんだ.だから2千円がいるんだ.
マ:はあ?
む:聞いてないの?だからぁ,アップした2千円は勉強中心に使うんだよぉ.だからいいでしょ?
マ:(なぜか大阪弁で)アンタ,何を寝ぼけたこといいさらしとんじゃ!
む:へっ!
マ:2千円アップして仮にそれを勉強代に使たとしても,携帯やらゲームやらでアンタが遊ぶお金が結局2千円増えるだけやろ!そんなことでお母ちゃんをだまそうとしても,そうはいきまへんで.毎月のお小遣い,いったい何に使てんのか調べさせてもらいまひょ.
む:あわわ
########################
とまあ,日常生活ならばこんな馬鹿げたお話しになるのだが,話が「専門的」になり,しかも「社会保障」という言葉をちらつかせば誤摩化すことができると与党と官僚は思っているのだろう.国民もなめられたものである.
 もしも,議員なり官僚なりが本気で「社会保障目的税」というものを信じているのなら,彼らには税制を語る論理的能力が無いと断言しよう.そうではあるまい,この理屈は消費税増税の目くらましとして提示しているのだろう.しかし,こんなまやかしの論理を振りかざしては不信感しか残らない.メンバーを入れ替えて議論は一からやり直すすべきである.
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by hiroi22 | 2007-12-15 21:20 | ずっと思う

我ながら芸がないと知りつつ...

 このblogは自分の備忘録の一つなので,気になったことも書き留めておこう.「書き留める」といっても,コピー&ペーストが主体である.なにしろ気になったのは毎度おなじみ(?)の中日新聞の社説だから.部分的に引用したのではそのflavorが損なわれるので,以下コメントを交えて全文引用する.
【社説】

言葉に感じる危うさ 週のはじめに考える
2007年12月9日
 言葉は、時に危険な力を秘めています。それに惑わされて道を誤らないよう、言葉に感じて反応するのではなく、言葉を受け止めて考えなければなりません。
 故司馬遼太郎さんから出版社に戻された原稿のゲラ刷りには、至る所に推敲(すいこう)の跡がありました。こちらを直し、あちらに手を入れ、判読しにくくなって、色鉛筆まで動員したものもありました。
 自分の表現したいことを正確に伝えるために、言葉を慎重に選び、文章を練りあげたのです。
冒頭にある「言葉に感じて反応するのではなく、言葉を受け止めて考えなければなりません。」とはその通りだ.しかし,いつものことだけれど,この社説の的確な表現には敬服する.
 よく「読み」「考える」相手であれば、書く側も言葉の重みを意識せざるを得ません。作家と読者の真剣勝負です。歴史に残る大政治家の多くも言葉を大事にしました。
 軽くなっている“国論”
 対照的なのがテレビの常連である政治家やコメンテーターと称する人たちです。吟味されていない言葉がポンポン飛び出し、視聴者らに考えるいとまを与えません。そこでは言葉が実に軽くなっているのです。
 昨今、その軽さを歓迎し、言葉で考えるのではなく、言葉に感じる傾向があります。その結果、人気が支持と同義になりました。
 作家の池沢夏樹さんは、自衛隊が米軍などの艦船に給油するためインド洋に派遣されることが決まったことを二〇〇二年二月、「原則を越えている」と書きました。自衛隊のインド洋派遣は日本国憲法が認める自衛の範囲を越える、と考えたからです。
 以下は当時の文章「国論が軽くなる」(新刊『虹の彼方に』所収)からの要約、引用です。
 原則を越えるインド洋行きがするする実現してしまったのはなぜだろうと考え、たどり着いたのが「重かったはずの国論が大変に軽くなっている」事実です。そしてある日、空港で重い貨物コンテナを一人で動かしているのをみて、コンテナの下の床に仕込んである無数のボールベアリングの効用に気づきました。
 好き嫌いの判断で選択
 「ボールベアリングの役を果たしているのは言葉である。軽くて、心地よく、抵抗感なくするりと入ってくる広告的な、テレビ的な言葉が重いものを軽く見せる」
 「ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。水から空気までのすべてが商品と化し、人は感性で、つまり一瞬の好き嫌いの判断で、それを選ぶ。それを促すための滑らかで詐欺的な言葉遣いが日本語の最も日常的な用途である」
「言葉が実に軽くなり」,「言葉で考えるのではなく、言葉に感じる傾向」,「ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。」というのも私が感じていることと同じだ.特にネット上の言説を見ているとどうしてこんなに乱暴で無神経なんだと憤慨することがある.う〜む,そういえば最近もこの種のことで憤慨して,無駄とは知りつつ批判をしたのだったなあ.... 
 小泉純一郎元首相もボールベアリングのような言葉を盛んにばらまきました。国会答弁、記者会見、演説などを通し、平易な表現ですが、軽くて、時には無責任な発言で憲法第九条などの重い荷物を軽々と動かしてみせました。
 二年前の総選挙の大勝は、郵政民営化の功罪に関する具体的な議論を避け、問題を「改革是か非か」と単純化した効果でした。
 後継の安倍晋三前首相は、参院選に惨敗して政権を放り出しました。「美しい国」「戦後レジームからの脱却」など観念的な概念を並べただけで、「広告的な、テレビ的な」小泉流言葉遣いができなかったのも一因ですが、参院選では多くの人が、それまでのように言葉に「感じ」て政治的選択をする危険性に気づいたのではないでしょうか。
安倍晋三の言葉遣いにだまされるようでは救いようがないと思うが,しかし「多くの人が、それまでのように言葉に『感じ』て政治的選択をする危険性に気づいた」とはどうだろうか.貧乏性な私はまだ,そこまで安心できない.
 そうかといって前首相には、司馬さんのように思考をぎりぎり磨き、色鉛筆まで駆使して表現を練る能力も忍耐力もなかったようです。
ああ,そのとおりです.
 状況が一変した今も、「給油できないと国益を損なう」「法律が国会で成立しないのは国難」などと言葉を操り政治を動かそうとする人がいます。「だから大連立だ」と現実に政治が動きかけました。
 しかし、「給油には国連決議が必要だ」と原則にこだわる民主党を、参院の多数党にしたのは国民です。法案が成立しにくい「衆参ねじれ現象」をつくったのも国民です。
 それを無視して国益論、国難論を振り回すのは民意否定です。国民の意思から離れた国益はありません。
これもおっしゃる通り.誰かも言っていたが「ねじれ国会」という言葉は誤解を与える.民意としての選挙の結果なのだから「ねじれ」といった否定的なニュアンスを持った言葉はおかしい.
 驚くべきことに、大連立に向けた舞台裏工作の主役は読売新聞主筆の渡辺恒雄氏だといわれます。
 対象を公正、客観的に観察して国民に報告する使命を負ったジャーナリストが、自らニュースの当事者になり、マスコミの影響力を背景に密(ひそ)かに政治を動かそうとしたのは、ジャーナリズムとして邪道です。
ふむ.なかなかはっきり言いますね.一方で,読売新聞の良識あるジャーナリストたちはどう思っているんでしょうね. 
 池沢さんは、アフガン戦争開始などでテロ撲滅のセールスポイントが功を奏したことを念頭に、「上手に売り込まれれば戦争だって買ってしまう」と懸念しました。
 国の進路を決めた標語
 現在の国際情勢では、日本がすぐ戦争に巻き込まれるとは考えられませんが、昭和の歴史は、政府や軍部の繰り出す「聖戦」「国体護持」など簡潔な標語に国民が無批判に感応することの連続でした。
 そんな時代に戻らないように、言葉に「感じる」のではなく、言葉によって考え、注意深く判断するようにしたいものです。

 この言葉に高校時代のことを思い出した.
 私の高校時代,歴史のある教師は授業で歴史上の人物をボロクソにけなすのだ.曰く「○○はトンデモナイ奴で」とか「××は悪党で」とかを連発するのだ.時には「ここに書いてあることはウソで,実は...」とか言い出すのだ.むろん,彼に根拠がないわけではない.彼自身,高校教師でありながら歴史学者としては一家言を持つひとかどの人物で,彼の発言にはそれなりの裏付けがあるものだった.
 彼の独特の言い回しにゲラゲラ笑いながらも,自分自身これまで常識であると思っていたことは,実は何の裏付けもなく何も考えずに信じていただけに過ぎないことを認識して,心の中でひどくショックを感じたのを覚えている.つまり,その教師の発言の真偽はともかくとして,自分がこれまで多くのことを無批判によく考えもせずに受入れていたことを彼の毒舌で自覚させられたのだ.要するに,自分は今まで人の言うことをただ信じてただけなんだ、何にも自分で分かっちゃいなかったんだと.私は,世の中のもっともらしいことを一度疑い,批判して考えるということを気づかせてくれたこの先生にとても感謝しているである.
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by hiroi22 | 2007-12-09 23:30 | じっと思う

フィンランドかぁ...

 経済協力開発機構(OECD)が公表した4日、15歳を対象に06年に実施した国際的な学習到達度調査(PISA)の結果で,日本は総体的に順位を落とした一方,前回トップだったフィンランドが引き続き好成績だったことで,前回以上にフィンランドの教育に対する興味が喚起されているように見える.今朝の朝日新聞でフィンランドの教育に関する解説記事も掲載されていた.これを読んでフムフムと考えてしまった.
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 私自身,フィンランドには何度か訪れ,比較的長く滞在したこともある.フィンランドの全体的な印象は”人々は穏やかでとても文化程度が高い.”ということだ.人々が穏やかというのは,おそらく高福祉国家で,現在と将来の生活が保障されていることによるものだと想像している.その結果,日々の生活を楽しむことや知識教養に関心が向き,自然に人々の文化程度が高くなっているのだろう.反面,税金はとても高く,大して働きもせず昼間から酒浸りの人を時おり町で見かけることになってしまう.スーパーなどでの物価はそんなに高くないが,レストランなどの外食の値段はびっくりするくらいに高い.また,気候は厳しく,一年の大半,太陽が満足にあたらない生活を余儀なくされる.そういった負の側面はあるが,フィンランドに対する私の思いは一言,「うらやましい」である.人々のゆったりした生活に数字では表せない豊かさを感じてしまうのだ.
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 フィンランドに何度も行ったにもかかわらず,その教育についてはほとんど何も知らないのだけれど,どんな理由であれ日本人がフィンランドという国を知るのはとてもよいことだと思う.彼らの社会は日本とまったく違う哲学で構築されている.最近「共生」という言葉をよく聞くが,そういうことが実践されている社会かもしれない.上に挙げた朝日新聞の記事を読むと教育面ではまねをすべきことは多いと思う.(もっともその前に「何が優れた教育か」という問題があるが,今はそれは触れないでおく.)その記事での識者の発言では,フィンランドでの教育の成功は,教師の質が高い(大学院修士以上)ことと教師に責任を持たせていることにあり,日本でも教師の環境を整えることが第一だと主張している.私もこの主張は正しいと思う.日本では,特に最近例の「教育再生会議」なるものの場当たり的な提言に見られるように,教師を管理することばかりを考え,そしてその管理にYESとしか言わないような教師が「よい教師」だと見なす傾向がある.これでは優秀な人材が集まるわけがない.教師は兵隊でもロボットでもないのだ.もっとその職業にふさわしい環境と自ら動ける自由と責任を持たせなければダメである.
 
 むろん,教育にしろ社会のあり方にしろ,フィンランドのやり方をそのまま日本で真似ることは議論があろう.両者の気候風土や文化歴史はあまりに違う.例えば,人口密度は大きな差があるし,フィンランド全体でも大学はわずかな数しかない.大学進学の制度も異なる.特に昨今の「小さな政府」(=大企業・金持ちからは税金取りません政府)が是とされている風潮では,「高福祉国家を目指して税金は今の倍以上に徴収します」といっても,実現は難しいだろう.しかし,少なくともそういう方向性を議論することは出来るのではないかと思う.それは憲法で「健康で文化的な最低限度の生活を保障する.」と謳われながら,餓死者を出すこの国のありかたに対するささやかな異議でもある.
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by hiroi22 | 2007-12-06 17:13 | ずっと思う

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