ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


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社外取締役は機能した?

 デジタル一眼レフカメラ市場でソニーのα100が売れ行き好調らしい。
デジタル一眼戦国時代へ、「α」が崩したキヤノン・ニコンの2強体制
 このニュースを、自社のカメラ事業をソニーに譲渡したコニカミノルタはどんな思いで聞いているのだろうか。

 コニカミノルタがカメラ事業から撤退することを聞いて、今年の2月にこのblogでこんなことを書いたのだった。
コニカミノルタがカメラ事業から撤退するというニュースは驚いた。フィルはともかくも、カメラはデジタルカメラがあると思っていたからだ。
 ミノルタといえば、かつてαシリーズでオートフォーカスカメラの先駆けとなった名門だ。キャノンのようにデジタルカメラで成功している会社もあるのだから、コニカミノルタのような名門が「何故?」と疑問に思っていたが、やはり社内では相当な議論があったようだ。
カメラ撤退のコニカミノルタ、社外取締役が社内の「未練」断ち切る
 今回の決定が吉と出るか凶と出るかはわからないが、その昔αシリーズに憧れた人間としては正直ちょっと寂しい気持ちだ。
 この文章を受けて、今回の決定の結論を言えば、決定は凶と出たと言うべきで、カメラ事業からの撤退を決めた社外取締役は、αシリーズのブランド力とデジタル一眼市場の成長予測を見誤ったと思う。また、「社外」取締役ゆえ自社製品に対する愛着が不十分であったのかも知れない。

 実はこの5月にデジカメを買い替えたとき、デジタル一眼にも食指が動いたのだが、その価格と大きさのため、購入を断念したのだった。あのときにソニーのα100が発売されていたら相当悩んだはずだ。

 でもね、デジタル一眼は動画が撮れないのだ。今持っているCanon IXY Digital 800ISは動画が撮れるので、お手軽なビデオカメラとしても重宝している。デジカメで取った写真は、たいていすぐにMacintoshに転送するので、512MBのメモリーカードで写真が数百枚(!)撮影可能と言っても意味がないのである。したがって、このメモリーカードの容量を有効に使うためにも動画でも撮らないといけないのである。ちょっと言い訳がましいけれど。
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by hiroi22 | 2006-08-27 01:02 | じっと思う

Perelman:超俗にして変人

 学者、特に自然科学者は真理を探究する。しかし、学者といえども霞を食べて生きているわけではない。血の通った人間である。目の前に富と名誉を提示されて心を動かさない人は少ないだろう。まして、それが自分の研究の対価である場合はなおさらだろう。と言うよりはむしろ、そのような場合、普通の人は喜んで受け取るだろう。ところが、そうでない人が現れた。
ペレルマン氏、フィールズ賞初辞退 ポアンカレ解け引退
ペレルマン氏「自分の証明正しければ賞不要」
 このblogで何度も話題にしたポアンカレ予想、そのポアンカレ予想を解決したとしてロシアの数学者Perelman氏が、現在スペインのマドリッドで開催されている「世界数学者会議」で数学界のノーベル賞ともいえるフィールズ賞を授与されることが決まった。しかし、彼は何とそれを拒否してしまった!
 フィールズ賞は、ノーベル賞ほど賞金は高くないが、国際数学界で最高の名誉とされる賞である。4年に一度開催される「世界数学者会議」でしか受賞者は発表されず、しかも受賞は40歳以下という年齢制限まである難関の賞である。また、彼が解決したポアンカレ予想は、その解決にアメリカのクレイ数学研究所から百万ドルの賞金がかけられているもので、今回彼が素直に(?)フィールズ賞を受賞すれば、彼がポアンカレ予想を解決したということは公式に認められたものとして、クレイ数学研究所から百万ドルの賞金が授与されることは確実であったと思われる。まさに彼は、
自らの研究の成果として得られたはずの富と名誉を拒否した
のである。まったく信じ難い...。
 上の朝日新聞の記事によれば;
 スペイン主要紙エルパイスは22日、米誌ニューヨーカーがペレルマン氏に行ったインタビュー内容を報じた。その中で同氏はフィールズ賞を断った理由を「自分の証明が正しければ賞は必要ない」と説明。現在の数学界や、有名になって注目される境遇に嫌気がさした気持ちを吐露した。
 確かに「有名になって、注目されるのがイヤ!」という気持ちは分かる。しかし、だからといってここまでするかなあ・・・
 さらに記事を読むと、彼の徹底ぶりがよく分かる。
 ペレルマン氏は昨年12月、サンクトペテルブルクのステクロフ数学研究所を辞めた後は研究の世界から姿を消し、他の研究者との連絡もほとんど絶っていた。
 同氏は現在無職で、サンクトペテルブルクの郊外で母親と生活。わずかな貯金と元数学教師の母親の年金だけが生活の糧で、「(授賞式が開かれる)マドリードに行く費用もない」という。
 自分の職場を離れ、退職した母親の年金を頼る生活をしてでも、受賞と賞金を拒否するのである。おそらく、
自分の研究は数学に対する知的興味から行なったもので、金や名誉を得るため、有名になるためにやったのではない
という信念があるのだろう。理屈の上ではわかる。しかし、普通にはとてもまねの出来ない行動である。ただ、こういう人が世界のどこかにまだ存在しているというのは、何となくホッとする気持ちにさせる。だが、日本人ではここまでは出来ないだろう。宗教観か道徳か何かの違いだろう。何となくそう思う。
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by hiroi22 | 2006-08-23 22:36 | じっと思う

野球を知る人は「感動」を乗り越えて

 その昔の野球部の練習では、練習中に水を飲むことはやってはいけないことだった。そのおかげで、真夏の試合に投げて脱水症状寸前になったことがある。試合前日の猛練習は当たり前。当時は、練習というのは技術を向上させるというよりも「根性」を鍛えるものだった。時に、チームワークは「連帯責任」というものにすり替わった。
 今どき、このような理屈の通らない練習をやっているところはないだろう。練習中の水分補給は大切だし、試合前日は軽い練習で、試合になって存分に実力を発揮出来る状態にするのが当たり前だと思う。また、練習後のマッサージなど体の手入れの面でも進んでいるのだろう。つまり、選手のコンディション調整、健康管理の理解の面で大きな進歩があったのだ。

 今回の決勝再試合も前日に劣らぬ好ゲームだった。斎藤投手の冷静なピッチングは見事だったし、最終回の追撃の2ランは鳥肌が立った。このゲームを通じて日本中が熱狂し、感動と両チームがよく戦ったと賞賛が渦巻くのは当然だろう。

 しかしである。早実の斎藤投手は延長15回を含む4連投である。健康管理を考えると正気の沙汰とは思えない。一方、駒大苫小牧のエース田中将大(3年)は右肩の張りを押して登板している。スポニチの記事「田中V3夢散…次の舞台はプロ」によれば;
 疲労との闘いだった。夜の通常の40分のマッサージに、この日朝、さらに20分追加。張りのある右肩から後背筋にテーピングを施し、初回途中でマウンドに立った。
痛々しいとしか言いようがない。どうして、こうまでして投げさせなければならないのか?
 冒頭述べたように、高校野球で選手の健康管理の理解が進んでいるにもかかわらず、甲子園ではまだクレイジーな大会運営を平気でおこなっているのである。ダン野村氏のコラム、血と汗と涙に濡れた高校野球ではこの点を厳しく指摘している。ダン野村氏は、高校野球で過去に起こった「連投を強いられる投手の投げ過ぎによる故障」による悲劇の実例をあげながら、「(投手の)球数の制限」のルール化を提案し、
高野連と高校野球の指導者は、自らの利益や目先の勝利ではなく、選手達の将来を最重要視する必要があります。これまで幾度に渡って犯されてきた過ちを繰り返さない為に、今こそ指導者達が考えを改めるべきなのです。そして立派な指導を受けた少年達が、その次の世代にも本来の野球の楽しさや興奮を伝えて行ってくれるはずです。それが、高野連が常々重んじている真の教育ではないでしょうか。
と結んでいる。私は「投球制限」が実施可能かどうかは懐疑的であるが、「選手達の将来を最重要視する必要があります。」という言葉は高校野球関係者は重く受け止めるべきだと思う。例えば大会運営についてはまだまだ改善の余地がある。休養日を設ける、大阪ドームなどの利用を考えるなどで、選手に負担のかからない効率的な運営ができるはずだ。実際、同じ高校の全国大会であるラグビーやサッカーでは当然のこととして実行されている。高野連が出来ないはずはあるまい。過去の悲劇を繰り返さないためにもこの機会に大胆な方策を考えるべきだ。
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by hiroi22 | 2006-08-22 14:01 | ずっと思う

センチメンタリズムのために才能を摘むのはやめよう

 駒大苫小牧(南北海道)と早実(西東京)の決勝戦、延長15回引き分け再試合となった。決勝戦での引き分け再試合は、あの松山商対三沢の延長18回再試合以来という。
 手に汗握る熱戦で、両校のエースの好投が光った試合だった。両投手とも甲子園での最高のピッチングを思わせた。炎天下での彼らの熱投はスタンドを埋めた大観衆に大きな感動を与え、明日の再試合は格別の期待を持ってみられることになろう。しかし、彼らの将来のことを考えると、明日の試合に彼らを投げさせないで欲しいと願う。
 早実の斎藤投手は、5日間で3連投を含む4試合42イニングを投げ、駒大苫小牧の田中投手も4日間で3試合29イニングを投げている。投球数も相当なものだし、おまけにこの暑さの中の投球である、若いとはいえ体に相当な負担がかかっていることだろう。ほとんど限界と言ってよいのではないか。この上、彼らに明日投げさせるとなれば、彼らの肩に更なる過酷な負担を課すことになる。
 全国大会優勝が目の前にある。これまで、チーム一丸となり厳しい練習に耐えてきた目標がかなえられようとしている。また、周囲の期待も大きい。しかし、将来ある若者の才能を摘み取ってはならない。勝敗も大事だろうが、彼らの健康管理はもっと大切だ。高校野球は教育の一環と標榜しているのならばなおさらだ。
 理想をいえば、数日間の休養の後に再試合をするのがよいのだが、それが不可能ならば明日の試合は両投手は投げず、野手として出場させられないだろうか。そのような起用でもし負けるようなことになれば、周囲の非難は避けられないし、本人も悔しいかも知れない。しかし、指導者・責任者は感情論に惑わされず、合理的・大局的な判断をするべきだと思う。才能ある若者を預かる監督の勇気を望む。
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by hiroi22 | 2006-08-20 22:39 | ずっと思う

ザ・ピーナッツを聴く

 NHK BS2でザ・ピーナッツの特集をやっていたので見た。いきなり名曲「ウナ・セラ・ディ・東京」から始まって、あれよあれよとおしまいまで見てしまった。一番印象的だったのは、「ウナ・セラ・ディ・東京」のもっとも印象的な歌詞;
街はいつでも 後姿の 幸せばかり
が、ちょっとしたアクシデントから偶然に生まれたという話だった。作詞家の感性とはそういうもんなだろうと思ったりもした。
 ザ・ピーナッツはそんなに好きな歌手でもなかったのだけれど、あらためて聴いてみると、さすがにうまい。本格的に聴いてみたくなり、iTune Music Storeで探してみたけれど、予想どおりザ・ピーナッツはない。その代わりに、西田佐知子の「ウナ・セラ・ディ・東京」を見つけた。この人もうまい。思わず(?)彼女のアルバムを購入してしまった。20曲で2000円なり。(^_^;

 それにしても、昭和のあの頃は心にしみる名曲が多い。日本人の叙情性がよく表現されている。日本人がまだひたむきで、幸せだったからなのだろう。
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by hiroi22 | 2006-08-19 23:11 | ずっと思う

卑怯・卑劣:しょせん右翼というのはこの程度です

 日本では「右翼」というと、少しは「男らしい」とか「潔い」とかいうイメージを自ら振りかざしているような輩が多いけれども、実態はとんでもないのですね、これが。
東京の右翼団体の男と断定 靖国参拝との関連捜査
 この記事によれば、ある右翼団体の男が自民党の加藤紘一議員の日頃の靖国神社に対する言論が気に食わないと、彼の実家に放火したあげく、割腹自殺を図ったそうです。
 相手の言論が自分と異なるから、暴力で相手を封じ込めようとする。世の中にたまにこの手の人はいますが、普通の人間じゃありません。たいてい、嫌われ者です。それに今回の場合、被害にあったのは加藤議員本人ではなく、なんとまあ高齢の彼の母親です。つまり、素手の老婆に対し、放火という凶行に及んだのです。まさに弱いものイジメ。口で立ち向かう相手に暴力を使う、しかも本人ではなく親族に振るう。これを私の基準では
卑怯・卑劣
といいます。また、割腹自殺でもすれば、何か格好がつくとでも思ったんでしょうかね。でも、これは自分がやったことから逃げたわけです。さすがに、弱いものイジメは恥ずかしかったかな?自分でアホなことをやったくせに、こういうふうに逃げ出すのは、私の基準では
潔くない
といいます。しかも、この記事によれば;
 男は顔にやけどを負い、靴を履いていない状態で建物の外で倒れていたことから、室内で腹部を切り、熱くなって飛び出してきたとみられる。
とのこと。つまり、自殺する人間が火事で熱くなったと逃げ出してきたのであります。まるで漫才のネタになるようなお笑い。いくら右翼でも、ここまで自分のやっていることが分からない軽薄な人間も珍しいデス。カッとなって、すぐに弱いものに手を出す世間の嫌われ者が、卑屈になって根性ねじ曲げて暴走したのかしらん。
 「右翼団体」というからには、「大日本・・・」とかいかめしい自己陶酔型の名称がついているのに違いありません。何人メンバーがいるか知りませんが、こんなオッサンの同類が何人も集まって、産○新聞でも読みながらきっとアホなお話をしてるんだろうなぁ。彼らが何もしなければ、それはそれで微笑ましい光景かも知れんが。
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by hiroi22 | 2006-08-16 23:54 | ずっと思う

日本流儀によるジーコ・ジャパンの否定

 連日スポーツニュースでは、オシムジャパンの練習ぶりが熱心に、かつ驚きと少しばかりの賞賛の念を持って報道されている。
これがオシム流!“地獄”の90分練習
厳しい実戦練習を実施 サッカー日本代表
 今回招集された日本代表のメンバー、練習方法などあらゆることすべてがジーコ・ジャパンとはまったく違う。オシム監督を招聘するにあたり、川淵会長は「ジーコのサッカーを継承する」ということを選考理由の一つにあげていたが、ふたを開けてみれば、現在のオシムジャパンは「ジーコ・ジャパン」の明確かつ完全な否定である。かつてこのブログで、「W杯の敗戦の分析・反省をきちんとすべきだ」と述べたが、日本サッカー界は公式にそのようなことをするのではなく、「反ジーコ・ジャパン」のオシムジャパンの現状を追認することによって、その代用を行なっているようである。
 確かに今回のW杯敗戦の原因を分析・検証することは容易ではないし、実際に行えば、監督の采配はもちろんのこと、練習方法や選手個人にも批判の矛先が向けられるのは避けられないだろう。一言で言って「波風の立つ」ことである。そういうことを嫌う気持ちはあるだろうし、誰がどういう責任で行なうかということも問題かも知れない。またJリーグの最大の功労者の一人であるジーコを批判することは礼を失する、という気持ちもあるだろう。
 それに比べると、オシムジャパンをポジティブに持ち上げることによって、ジーコ・ジャパンを間接的に否定する今のやり方の方がおとなしい。いかにも日本的なやり方だ。しかし、このやり方では物事の流れはスムーズに運ぶかも知れないが、失敗から学ぶべきものが取り残される恐れがある。したがって、将来、代が変わればまた同じ過ちを繰り返す可能性が高くなる。
 こういったことを認識しているのか、練習やコーチ会議などでの日本のコーチ陣に対するオシム監督の接し方を見ていると、彼自身が今回の敗戦の分析を彼らに強く示唆しているように思える。いくら知将といえども、かつての日本代表を外から眺めた立場での個人による分析であるから、自ずと限界はあるかも知れない。ともあれ、オシム監督から次期日本代表候補に指名された格好と言ってよい反町、大熊両コーチがこれをどう咀嚼して生かしてくれるか。まだまだ先の話であるけど。
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by hiroi22 | 2006-08-15 17:17 | じっと思う

テロとは何なのだ?

 ロンドンで大規模な旅客機爆破テロ計画が発覚し、多数の逮捕者が出たというニュースは驚いた。また、海外旅行を予定している身としては不気味な恐怖心にかられている。
 確かにこういうニュースを目にすると、アメリカが叫ぶ「テロとの戦い」という主張が説得力を持ってくるような気がする。しかし、改めて思うのは「テロとは何なのだ?」ということである。
 イラクなどでは現在も爆弾テロで毎日多くの犠牲者が出ている。一方イスラエルはヒズボラとの戦争で、毎日のように無差別爆撃を繰り返し、罪のない市民が犠牲になっている。そしてよく知られているように、アメリカはあからさまにイスラエルを支持・支援している。私の目にはどちらもやっていることは同じに見える。どうして一方は戦いの標的であり、片方は支持される対象になるのだ?きちんとオーダーされた軍隊による殺戮はテロではないのか?たとえそれを「テロ」とは呼ばなくても、それによってもたらされるのは、テロと同じく出口の見えない憎悪の連鎖だけだ。この連鎖を止めない限り、無意味な殺戮は続く。それはアメリカのイラクでの失敗を見ても明らかだろう。
 そんなことを思っている時にこんな記事を目にした。
<ギングリッチ前下院議長>「第三次世界大戦の様相」指摘
なかなか刺激的なタイトルである。中身はというと:
【デモイン(米アイオワ州)及川正也】08年米大統領選に共和党から出馬が取りざたされているニュート・ギングリッチ前米下院議長は12日、当地で外国人記者団と会見し、イラクでの対テロ戦争やレバノン情勢など世界の紛争について「第三次世界大戦の様相を呈している」と指摘、テロに対抗するため国際社会が結束する重要性を強調した。
 「イラクでの対テロ戦争」と「レバノン情勢」とをあげて、「テロに対抗するため国際社会が結束する重要性を強調した。」ということらしいが、この人は現在の「イラクでの対テロ戦争」と呼ぶものの原因を作ったのがアメリカであることをお忘れなのだろうか。また、「レバノン情勢」と呼ばれるものが「テロリストとの戦い」であるとの認識をお持ちなのか?つまり、ヒズボラがテロリストでイスラエルはそれと戦っており、「国際社会が結束」して支持すべきとでもいわんとしているだろうか。
 9.11以降、アメリカは憎悪による報復という政策を一貫して行なっている。それは自ら「テロリスト」と呼ぶ者たちと同じレールの上を進んでいることになるのだ。
 
 安倍晋三政権が誕生しようとしている。私は、この政権によって日本も「憎悪の連鎖」政策をとるようになるのではないかと危惧している。「憎悪」の対象は第一に北朝鮮である。そもそも、あまりパッとしなかった安倍晋三が注目を浴びたのは、拉致問題に対する北朝鮮への強硬姿勢を見せ始めてからだった。彼はこの効果を忘れないだろう。そして、韓国や中国に対しても同じことを狙うのではないのだろうか。中身を読んでいないので言いにくいが、文春の彼の記事のタイトル「闘う政治家」(←嫌なタイトルだ)というものに、おそらくはその意識が現れていると思う。
 一人一人の人間が、「国家」というフィルターを通して憎悪の感情を持つ。旗を振る政治家がそれによって支持を得る。そんな危ない日本にしたくはない。
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by hiroi22 | 2006-08-15 00:34 | ずっと思う

まだまだ進化するのだLeopard

 サンフランシスコで催されたWWDC。やっぱりiPod Phoneの発表はなかったけれど、S. Jobsの基調講演では、次期OS X Leopardのpreviewがされた。
 正直言って、あまりLeopardには期待していなかった。これ以上、OSに何も望むものはあるまいと思っていたからだ。しかし、やはりS. Jobsの「現実歪曲空間」に落ち込んでしまい、魅せられてしまった。その機能のいくつかについて感想を書き留めておく。
 まずTime Machine(下図)。
d0007533_2314440.jpg
要するにバックアップなのだが、ご覧の通り見せるユーザーインターフェースである。現在のウィンドウから過去へと遠くまでウィンドウが並んでいる。これを辿って失った過去の書類を簡単に取り出せるというものだ。だいたいバックアップというものは面倒で、時間もかかる。また、いざ欲しいファイルを取り出すのも簡単とはいえない。それをこのTime Machineではバックアップが自動的に行なわれて、欲しいファイルを見つけて取り出すのも簡単だ。でもね、これにはもう一つハードディスクが必要なのだ。ということはノートブックには適さないんだよね....それに、バックアップからファイルを復元するというのは、そんなにあることじゃないのだよ。それに対してここまで凝るかなぁ...
 次はSpaces。つまりVirtual Desktopであり、これは別に新しいものではない。
d0007533_23371573.jpg
Desktopが一挙に4倍の広さになるというものだが、UNIXのXウィンドウでは昔から同じことが出来るし、MacintoshでもOS 7の時代からこのようなユーティリティはあった。ただ、LeopardではOSの機能として装備しているのが重要なのだ。それに、上の画面で違うDesktop間でウィンドウを動かせるのが面白いし便利かも知れない。
 Mailもメジャーアップデイトされる。Stationary、Notes、ToDoといった機能がつく(下図)。
d0007533_23542333.jpg
Stationaryは嬉しい機能だ。見栄えのよいメールサンプルが使えるので、友人、恋人に送るのには優れものの機能だろう。ただしhtmlメール形式である。Notes、ToDoは実際に使ってみないと何とも言えないが、カレンダーソフトのiCalと連動するようなので面白いかも知れない。ただし、この機能自体はいかにもS. Jobsの好みで入れましたという印象である。
 最後はiChat。
d0007533_0193553.jpg
Jobsのデモでは、相手の顔を変形したり、背景を変えたりというお遊びをやっていたが、iSightがほとんど標準装備といってよい状態なので、iChatは使ってみたいソフトである。それに、もしあなたに恋人がいて、彼女または彼がWindowユーザーならば、iChatはMacintoshを薦めるよい理由になる。何しろ、ブロードバンド環境ならば離れていても顔を見てお話が出来るのであるから。

 ひととおりLeopardのプレビューを見た感想は、
よくまあいろいろなことを考えるもんだ
ということだ。まだまだ進化の余地があるようである。
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by hiroi22 | 2006-08-13 00:32 | Macintosh

オシムジャパンに期待する and 亀田親子

 格下相手のホームでの親善試合。勝つ要素は揃っているが、そんなときでもなかなかうまくいかなかった印象が強いジーコジャパンだった。ところが、昨日のオシムジャパンは違っていた。見ていて楽しく、そして危なげないサッカーだった。
 メンバーは入れ替わったにしても、日本代表チームは6月のW杯とは全然違うサッカーをしていた。勝負どころでは、実に効果的な動きをする。たった数日の練習でこうも変わるものか?この試合を見ながら、
オシムジャパンでW杯を戦っていたら....
とサッカーファンはみんな思ったはずだ。
 オシム監督は若い頃、サッカー選手になるか数学者になるかを迷ったという。数学者を目指すほどの知性から発せられる言葉が選手たちを変えているのだろう。工夫に満ちた練習など、教育者として優れていることも改めて示された。サッカーに対する高い見識はもちろんのこと、民族紛争など数々の苦難の経験により得られた優しさも持った人物だと思う。それは、試合中に日本の若い指導者とディスカッションする姿にも現れていた。

 サッカーのコーチ陣だけでなく、ついでに、あの亀田親子もちょっと叩き直してくれんかのぅ....何だか知性のかけらも感じられないんですけど...亀田父 vs やくみつる

 たったこれだけで期待以上のものを見せてくれた。これで日本のサッカーファンの信頼感を勝ち取ったと思う。これからが本当に楽しみである。
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by hiroi22 | 2006-08-10 22:27 | じっと思う

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