ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


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署名記事でさらす恥

 マスコミというのは一般に批判する側だが、署名記事となるとそうはいかない。下手な記事を書くと批判にさらされる。この典型が夕刊フジのこの記事;
オシム重圧アリアリ…参謀なし語録なしビジョンなし
物々しいタイトルである。そして、
 オシムを疑え! 日本代表・オシム監督を中心に、各世代の代表チームの「スタッフ会議」が24日、行われた。フル代表を含めた各世代の代表監督やコーチ陣、総勢13人が集合したが、具体的な目標などの発表がないまま、会議は踊りっぱなしだったという。一見、盛り上がった今回のスタッフ会議だが、その秘密はすべてがオシム監督のイエスマンで固められていた。救世主として期待の大きいオシム監督も、実は隠れた不安がいっぱいである。(夕刊フジ編集委員・久保武司)
と、勇ましい文章で始まるが、中身は噴飯ものである。まず、
「この会の内容を漏らすな、とオシム監督はスタッフに徹底していました」と全スタッフに箝口(かんこう)令まで敷いたという。オシム監督の「理論」に、もちろん反論するコーチ陣などいるはずがない。
と述べておいて、
 おしゃべり好きな五輪代表・反町康治監督や、元日本代表主将として抜擢(ばってき)された井原正巳コーチも、「すべて田嶋さんがお話しした通りです」と判で押したようなコメントばかり。集結した約40人の報道陣もこれには拍子抜けだ。
ときた。???何を言っているのか?「箝口(かんこう)令まで敷いた」というのなら、大したコメントがないのは当然で、どうして「集結した約40人の報道陣もこれには拍子抜けだ。」となるのか?しかも、後述するがこの記述自体が相当問題をはらんでいる。
 この部分はもっとひどい;
 そんなオシム監督が目指すサッカーは、「早いパス回しと敏捷(びんしょう)性…。そんなところでしょうか」と田嶋委員長は解説したが、W杯ドイツ大会を見る限り、惨敗したサッカー日本代表が劇的に変化することなどありえないことは、誰もがわかっている。これではジーコジャパンと相違がないではないか。
えらくテンションが上がっているが、どうして
”惨敗したサッカー日本代表が劇的に変化することなどありえないことは、誰もがわかっている。”
と決めつけるのか?その根拠は何か?それも明示しないで、
”これではジーコジャパンと相違がないではないか。”
と言ってもまったく意味がない。とてもじゃないが、お金を取って人様に読んでいただく文章とは言い難い。
 続いての文章もいい加減さを露呈している。
 オシム監督が、「まずは身長の高い選手を見つけたいが、日本ではそれは難しい」と、すでに白旗状態なのも見逃せない。
人の発言をねじ曲げて記事にする典型例である。この発言に該当する箇所を朝日新聞から引用しよう;
 もちろん厳しい現状は認識している。日本の長所にスピードを掲げる一方で「世界はさらにスピーディーなサッカーに進化している」。体格差についても「背の高い選手を探すのは難しい。仮に見つかったとしても、その選手が日本らしいサッカーをできるとは限らない」と語った。
世界の趨勢に鑑み、日本のサッカーの目指す方向を述べているときにでてきた言葉である。これのどこが「白旗状態」なのだろう。
 まだまだ口あんぐりが続く。
 ジーコ前監督もJリーグに入ることすら「99%無理だ」と言われた鹿島アントラーズを成功に導き、オシム監督も2部落ち寸前のジェフ千葉を立て直した実績で「日本代表監督」のポストを射止めた。
基本的なことだが、Jリーグ以前のことを言うなら、鹿島アントラーズではなくその前身の「住友金属」と言うべきだ。しかも、ジーコは1選手として住友金属でプレーしたのであって、監督としてジェフを立て直したオシム監督とは同列に議論できないだろう?
 そして最後は呆れた。
具体的なマニフェストを示さなかったことで、早くも報道陣の間からは、「本当に大丈夫か」のささやきが聞こえてきた。
はい?正気か?どこに「具体的なマニフェストを示す」サッカーの監督がいるのかね?しかも、この文章、直前のジーコ前監督との比較の文章との論理関係が判然としない。説明になっていないのである。
 このように、「無知」「非論理性」「放漫さ」のオンパレードで、しかも一つ一つの文章がてんでバラバラで全体としての統一性がない。さらに言えば、基本的な「取材力」も怪しい。これが上で述べた「問題」で、同じことを記事にしているスポーツニッポンのものと比べれば一目瞭然だ。「日本代表:オシム監督『代表を練習漬けに』」と題した記事では、このミーティングの内容が詳しく記されている。たとえば、
 ▼選考基準 フィジカル、メンタル、技術、戦術理解の4項目がポイントとなったが、指揮官は特にメンタル重視を強調。加藤GKコーチによれば「W杯に出た選手、出られなかった選手(のメンタル)を見ている」という。現在は「古い井戸」と評された中堅、ベテラン選手の精神面をチェック。「苦しい時にどういうプレーをするか」(大熊コーチ)を見極めている。
とあり、「箝口(かんこう)令のため大した話はコーチから聞けなかった。」と述べているこの記事とはエライ違いである。一体何を取材していたのかな?久保記者は。
 いくら夕刊フジとはいえ、つくづくひどい記事だ。しかし、唯一つ、こんなひどい記事を署名付きで載せるその「勇気」だけは評価してあげよう。
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by hiroi22 | 2006-07-27 01:21 | じっと思う

ポアンカレ予想再び

 このあいだも報告したように、「ポアンカレ予想」はこのブログの検索キーワードとしてはもっとも人気の高いものだ(最近、また「亀田兄弟」を抜いてトップに立ってしまった)。ポアンカレ予想については先月”ポアンカレ予想解決の論文が出版されたのだけれど...”という一文を書いた。その内容を簡単に言ってしまえば、「中国人数学者が2名、ポアンカレ予想を解決したという論文を出版したが、その方法はPerelmanが明らかにしたものを踏襲しているだけなので、彼らのオリジナリティは認められないのではないか。」と主張したものだった。
 ポアンカレ予想は世紀を跨ぐ数学の難問だ。しかも、その解決にはアメリカのクレイ数学研究所から百万ドルの賞金がかけられている。つまり、この予想を解決したものは人類史上に輝く名誉とともに莫大な富を得られるということである。そういうこともあり、くだんの中国人数学者の論文に異議を唱えたのである。
 ところが、今日の朝日新聞の夕刊を見て驚いた。今日の夕刊の科学欄の小さなコラムの中に、クレイ数学研究所の所長の話として
「ロシアのペレルマン氏がネットで発表したアイディアをもとに四つのグループが専門誌に論文を出した。」
ということが紹介されていた。なんと、論文を発表したのは中国人数学者2名だけではなかったのだ!他の三つについて、検索したのだが今のところそれらしいものは見つけることができなかった。希望的観測だが、他の三つは自分がポアンカレ予想を証明したとは主張していないと思いたい。ともかく、このコラムに書かれていた、
「数学界は、突破口を開いた人を尊重します。」
というこの所長の言葉は数学界の良識だろう。
 ポアンカレ予想について検索している時に、アメリカのコロンビア大学のPeter Woitという数学者のblogを見つけた、この中で彼はPerelmanの講演についてこう記している:
In the spring of 2003, Perelman traveled to the US and gave talks at several places, including a long series at Stony Brook. By then he was explicitly claiming to have a proof, but few of the details were written down, although he did post two more preprints to the arXiv. His talks were major events in the math community, and at them he was able to answer anyone who asked for details on specific points of his argument. He gave a somewhat informal talk at Columbia one Saturday, a talk that I attended sitting next to Hamilton, who was hearing Perelman speak for the first time. Hamilton was clearly very impressed, and soon thereafter he and most other experts began to become convinced that Perelman really did have a way of proving the conjecture.
 ちなみに、この中に出てくるHamiltonはPerelmanがポアンカレ予想を解決するために用いたRicci-flowの研究をおこなった数学者である。
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by hiroi22 | 2006-07-25 23:45 | じっと思う

また出た、変な精神論

 高校野球ではわけの分からんことがまかり通っている。この記事も「なんだぁ?」の類である。
<高校野球>監督が故意の三振指示 秋田大会準決勝(毎日新聞)
 秋田市の秋田県立こまちスタジアムで22日に行われた第88回全国高校野球選手権秋田大会準決勝の本荘—秋田戦で、大量リードした本荘の尾留川徹監督が七回表、雨天ノーゲームを避けるために、打者に対して故意に三振するよう指示した。県高野連は同日、同校野球部に対しフェアプレーをするよう指導し、始末書提出を求めた。

 問題のプレーは、本荘が12—1とリードした七回表の攻撃中、1死二塁の場面で起こった。県高野連によると、尾留川監督が打者に三振するよう指示、打者は明らかなボール球を空振り三振した。県高野連は、本荘の野球部責任者を呼び「アンフェアなプレーがないように」と指導した。しかしその後、三塁に進んだ走者も本盗を狙ってタッチアウト。七回裏の秋田は無得点で、本荘は七回コールド勝ちした。

 県高野連は試合終了後、本荘に対して始末書提出を求めた。秋田の佐藤幸彦監督は試合後、「負ける以上の屈辱だ。最後まで正々堂々とやりたかった」と怒りをあらわにしていた。【岡田悟】
 12-1もの大量リードをしていた試合。しかし雨が降っていて、ノーゲームの可能性があった。勝っているチームの監督ならば早く試合を成立させたいと思うのは当然だ。勝敗のことはもちろんあるが、ぬかるんだグランドでの怪我や、疲労など健康管理面での心配もある。成立したんとたんコールド勝ちの試合ならなおさらだ。
 「アンフェアなプレー」というが、何が問題なのか?確かに、わざとらしい三振は見苦しいが、ルール上は自分たちに不利な行為なのだから、許容範囲だろう。「もう少しうまく演技しろ!」とヤジの一つでも飛ばせばすむ話だ。このように試合状況や相手にあわせてプレーをするのも作戦の一つだし、もしそれが悪いのならば、(強豪校がよくやるように)弱い相手に対して2軍・3軍をぶつけるというのも問題ではないのだろうか。始末書提出というが、まったく「不始末」でもなんでもない。県高野連の変な精神論で高校野球をコントロールするのはもうやめて欲しいものだ。
 「最後まで正々堂々とやりたかった」と相手の監督が言うが(言う方も言う方だ)、何が正々堂々でなかったのかさっぱりわからない。悪質なプレーの妨害があったわけでもあるまい。正々堂々と12点取ってコールド勝ちしたのだから立派。それよりも7回の表にどんどん点が入って、雨が強くなってノーゲームになる方がよっぽどアンフェアだ。「負ける以上の屈辱だ。」と言うほどくやしかったのなら、最後の7回の裏に猛反撃して、相手の思惑をひっくり返せばよい。それも出来ずに負けたのだから、力がなかったのである。それが勝負というもので、相手の監督を非難するとは、まったくお門違いと言うべきである。
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by hiroi22 | 2006-07-23 13:33 | じっと思う

いろんな意味で興ざめ:福田氏不出馬

 自民党の総裁有力候補の一人とされていた福田康夫氏が総裁選へ不出馬を表明した。
<福田氏不出馬>沈黙戦術も潮時…安福対決は幻に
 このニュースにはいろいろな意味で興ざめした。一つは、これで総裁レースがつまらなくなったことだ。反小泉・非安倍の最有力候補がレースを降りたのだから、おそらく抵抗もむなしいだろう。レースの先は見えたといえる。
 もう一つは福田康夫という人物に対する失望感によるさめた気持ちだ。この人、つい最近まで諸外国を歴訪するなど精力的に活動をしていたし、靖国神社参拝反対の姿勢など見識のある政治家だと思っていた。それがここにいたって、
 福田氏は21日夜、毎日新聞の取材に「僕は最初から出るとは言っていない。出ないという考えは変わらない。年も年だ。政治家は一つ(総裁選)のことだけでなく総合的に判断する」と、さばさばした口調で語った。
とまあにべもない。別のニュースでは、
 福田氏は、小泉純一郎首相の靖国神社参拝に批判的な勢力から、出馬に期待を寄せる声があった。このため、8月15日に首相が参拝するか見極めて最終判断するとみられてきたが、むしろ「自分が総裁選に出て、(靖国問題をめぐり)国論が二分されるような印象が国内外で広まれば、国益にならない」との考えを周辺に伝えていた。こうしたことから、むしろ不出馬の意向を早期に明確にした方が得策、と判断したとみられる。
とまあ、まるで信念のないことである。
 「国論が二分される」のでやめた、というなら政治家として今後議論など出来ないではないか?相手の主張に唯々諾々として従うつもりなら初めから議論は不要だろう。まさか右翼に脅されていたということはないだろうが(ちょっとありそうな気がするから、今の日本はコワイ)、このコメントが彼の本心ならば、結局は出馬しない方がよかったのかも知れない。
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by hiroi22 | 2006-07-22 22:45 | じっと思う

昭和天皇の戦争の痛みを感じる

 昭和天皇の靖国神社A級戦犯合祀批判のメモが見つかったと言う。右翼の人々は、おそらくこの期に及んでも何も変えないだろう。この事実から目をそらせて無視するか、妙な言いがかりをつけて自分をごまかそうとするに違いない。そういえば、今日の夕刊で上坂冬子がトンチンカンなことを書いていたが、これもその一種か。
 しかし、よくまあ、こんなものが無事に発表されたものだ。小説ならば、発表を阻止せんとする反対勢力の刺客が送り込まれるところだったろう(ダ・ヴィンチ・コードの読み過ぎ?)。 
 このメモを見る限り、いわゆるA級戦犯に対する昭和天皇の嫌悪感は相当なものだったことがうかがわれる。日本の国土を焦土にし、国民に多大な犠牲をしいた責任を彼らに強く問いただしたかったのではないか。
 去年の8月15日、私はこのブログでこんなことを書いた。
一言でいうと、ひどい戦争だった。日本軍のアジアの国々での蛮行については、いろいろな所で議論されているので、ここでは触れない。日本軍のそれ自体を考える。これもひどい。アメリカ軍の機関銃の隊列が三方で待っている見通しの良いところにほとんど丸腰で突進していって全滅したり、兵站路を確保できぬまま、高山を進軍して頓挫したりするなどの無茶苦茶な作戦、これらは当時の訳の分からない精神論に立脚していたのだ。しかし、こんな個々の作戦の愚かさはまだましな方だろう。一番ひどく、許せないのは当時の軍の上層部の「無責任さ」だ。
(中略)
自分が戦うわけではない。戦うのは青少年、その犠牲は尊い人命だ。将棋の駒ではない。しかも卑劣なことに(この言葉を使う)、いわゆる「大本営発表」と称して国民からこの事実を隠し続けたのだ。帝国軍人とかいって格好をつけているけれども、やっていることはとんでもないことばかりだ。
あの戦争が終わった時に、こういった戦争を続けた指導者を日本人自身できちんと断罪すべきだったと思う。もし、あの戦争がもう少し早く終わっていたら、何百万という人々が助かったのだから。この責任はとても重い。
読み返してみると、当時多少感情的になっているが、この考えは今も変わらない。戦争犯罪人の責任は日本人自身で明らかにしなければいけないのだ。そうでなければ、彼らの無茶&無責任な命令で命を落とした人々は浮かばれまい。
 民主党の小沢代表が今回のメモについて「昭和天皇は偉い方」と発言したそうだが、確かに同意できる。昭和天皇は本当に戦争の痛みを感じていたのだろう。
 いつだった、園遊会で平成天皇が「日の丸と君が代の(教育現場での)強制はよくありません。」という趣旨の発言をしたり、また、サイパン島での韓国人兵士の慰霊碑にお参りしたりしているのを見ると、少なくとも今の天皇家には「平和主義」「民主主義」の考えが強く根付いていると感じる。
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by hiroi22 | 2006-07-20 22:54 | ずっと思う

それでもなお電車の中で化粧する

 今日もまた電車の中で化粧をする女性と遭遇してしまいました。電車の中での化粧に対する批判は聞いたことがあるだろうから、これはもう確信犯でしょう。
「嫌な思いをする人は勝手にすればいいわ。」
というわけです。しかし、なぜそうまでして電車の中で化粧をしなければならないのか、化粧をしている女性をぼんやり眺めながら考えました。
 電車の中で一目もはばからず化粧をする原因、それは当然
家で化粧する時間がなかった
に違いありません。誰も好き好んで自分の変身過程を公開したいとは思わないでしょうから。しかし、元来化粧をする目的(特に若い女性にとって)は何でしょう?それは自分を美しく見せたい、かっこ良く見せたい、ということでしょう。そうだとすると、同じ車両の乗客の多くに不快感を与える化粧は、その目的に明らかに矛盾していると思うのです。
 これに対して
「私が化粧をするのは彼のためだもん。別に、それ以外の赤の他人から白い目で見られても関係ないもん。」
という声があるかもしれません。なるほど、ごもっとも。
 しかし、もし同じ車両にその彼氏が乗り合わせていても化粧をするでしょうか?たぶんしないでしょう。つまり、見られているとやらないが、見ていないのでやるというわけです。僕はこんな女性は嫌いです(きっぱり)。
 え?
「あなたに嫌われても全然構わないわ」
あ、そう。
「それに、こんなに理屈っぽくて、ごちゃごちゃうるさい人嫌い!」
なるほど、再びごもっとも。
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by hiroi22 | 2006-07-16 21:54 | じっと思う

アクセス解析

 このブログはネームカードというのに登録しています.ネームカードというものの用途が本当はよく分かりませんが,この登録により,ともかくブログの画像容量が1GBまで使えるようになることと,自分のブログのアクセス解析を見ることが出来るようになります.ご覧のようにこのブログは画像に乏しいので,1GBの画像容量の増加はあまり役に立ちませんが,アクセス解析は面白い.
 アクセス解析でわかるのは,毎日のアクセス数,アクセス元のURLとその数,そして検索ワードランキングです.この最後の検索ワードランキングが特に面白いのです.
 検索ワードランキングでわかるのは,このブログにアクセスする際にどういう検索ワードを通してアクセスしたかということです(したがって定期的にこのブログを見てくれている「常連客」の皆様のアクセスは関係ありません).先月まではポアンカレ予想関連の言葉,「ポアンカレ予想」「ポアンカレ」etc. という超学術的なものが上位を占めていましたが,今月は亀田兄弟関連が圧倒的に多いのです.「亀田兄弟」というそのままの検索ワードがトップなのですが,「亀田 嫌い」というのも上位です.なかなか素直な(?)検索をする方が多いと見えます.しかし,本当にこんな言葉でヒットするのかい?とGoogleで検索してみると・・・・
亀田 嫌い の検索結果のうち 日本語のページ 約 294,000 件
約 294,000 件!何と膨大な数でしょう.「亀田 嫌い」を書いているページがこんなにあり,これだけ嫌われるとしたら,これはもう人気のうちだと思わざるを得ません.
 「いやよいやよも好きのうち」という検索ワードもありました.2006年5月4日の「女性のノーはイエス」がヒットするものと思われますが,こういう言葉でインターネット検索する人々もいるんだと感心しました.「じっとずっと思う」というこのブログのタイトルで検索してきた人たちもいたようですが,こんな言葉をわざわざ思いついて検索したという意図不明です.(^_^)きっと,「このようなタイトルのブログがあったなあ,もう一度見てみようかしらん」と思った人々が検索してくれたのだと好意的に推理しております.
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by hiroi22 | 2006-07-15 01:13 | じっと思う

「オシムの言葉」を読む

 「オシムの言葉」を読んだ.この本を買ったのはこの前の日曜日に外出した時の帰りだったのだから,3日ほどで読了したことになる.個人的には一気に読んだという印象だ.
 この本が出版されたのは昨年12月.私も今年の3月ぐらいに書店で手に取って眺めたことがある.その時買おうとしたのだが,ちょうど読みかけの本があったので買わずにいた.こういうことを書いたのは,この本がオシム監督の代表監督就任にあわせて書かれた便乗本でないこと,そしてもっと早く読めば良かったという自分の中の後悔を表明したかったからだ.
 いろいろなことを考えさせてくれる良い本だと思う.そして,著者のオシム監督に対する尊敬の念が溢れている本だ.一般に著者がこういう意図を持って書いている場合--醒めた言い方だが--読み手としては「過剰な賛美」を警戒しないといけないと思っている.しかしこの本の場合,丁寧な取材とオシム監督の揺るぎない実績が強い説得力を持って読者に迫ってくる.
 「オシムの言葉」という本のタイトルから,何か格言集のようなものを想像するかも知れないが,実際はサッカー監督としてのイビチャ・オシムの半生を描いたものである.そして彼の哲学を述べるために「オシムの言葉」が引用される.ある時はジョークを交えて,時には反語的に彼はメッセージを放つ.思いつくまま少し挙げてみる.
「今日唯一良かったのは,全員が最悪のプレーをしたという点だ.」(選手の慢心による敗戦後)
「そこまでして.代表のために人を呼べるほど私は教育のある人間ではない.」(ユーゴスラビアの内戦で代表チームが崩壊したことについて)
「そういうものから学べたとするなら,それが必要なものになってしまう.そういう戦争が・・・」(悲惨な戦争を乗り越えてきたことで,何が起こっても動じない精神力などを得たのかという質問に)
「作り上げることは難しい.でも,作り上げることの方がいい人生だと思いませんか?」(サッカーのスタイルについて)

これらの言葉から彼の信念が感じられる.しかし,それだけではない.長期的な視野,論理的な思考,そして他人を思いやる深い人間性、これらがここかしこに顔を見せる.発せられているメッセージよりも,そういった彼の人格に嘆息し,感銘を受けるのだ.
 最初にも言及したが,この本の著者の丁寧な取材には恐れ入る.豊富な人間関係があり,膨大な時間がかかったことが見て取れる.それによって,イビチャ・オシムという人間の哲学と人間性がしっかりと浮かび上がっている.1600円は高くない.

 いつの頃からだったろう,新聞のスポーツ欄でJリーグの結果自体もさることながら,ジェフのオシム監督のコメントを探すようになったのは.とにかくユニークで面白く,しかも思い切ったことを言う人だと思っていた.あるとき,「ジェフ市原の選手たちがこんなに頑張っているのに観客の数が少なすぎる」といった内容のコメントを見たことがある.プロの監督がお客さんを非難しているのだから,一見とんでもない発言である.しかし,これは彼流の選手に対する愛情と誇りの正直な表現だったのだろう.さあて,日本代表の監督としてどんなコメントが聞けるのだろうか.
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by hiroi22 | 2006-07-12 23:02 | じっと思う

だから安倍晋三はダメなのだ

 勇ましいことを言えば大衆は喜び人気は上がる.今TVのワイドショーを見れば,そういう輩が小躍りしながら無責任なことを並べ立てている.小泉政治とTVが作り出した情けない姿だ.
 確かに,今回の北朝鮮のミサイル実験はまったく馬鹿げたことだ.狂っているとしか思えない.国連などの国際社会に訴えるのは正しい選択だろう.しかし,図に乗って「先制攻撃」じみたことまで口にするとはどういうバランス感覚・憲法感覚なのだろう.これではもう何でもありではないか.
敵基地攻撃能力は必要 防衛長官が表明
 額賀福志郎防衛庁長官は9日、北朝鮮の弾道ミサイル連続発射を踏まえ、現在自衛隊が保有していない発射基地などへの敵基地攻撃能力について、記者団に「独立国家として、一定の枠組みの中で、最低限のものを持つという考え方は当然だ」と述べ、憲法の範囲内で可能な装備を検討すべきだとの考えを表明した。ただ、額賀氏は当面、自民、公明両党内の議論の進展を待つ意向も明らかにした。
 安倍晋三官房長官も10日午前の記者会見で「議論を深めていく必要がある。日本の国民と国土、国家を守るために何をすべきかとの観点から常に検討、研究することが必要だ」と強調した。
 北朝鮮は自衛のためのミサイル実験というだろう.自ら「自衛のため」と宣言すればそれが認められると思っているのだろうか.馬鹿げた論理だが,日本がその同じ土俵の上に乗ってどうするのだ?そしてこういう発言は,当面目指している国際社会の協力による北朝鮮への圧力,という観点から見て好ましくないことが分からないのだろうか.まったく,こんなことで次期総裁候補なんて言わないで欲しい.このような言論・姿勢で近隣諸国と友好関係なぞ築けるはずがない.だから安倍晋三はダメなのである.

 奇妙なのは,こういう勇ましいことを言う人々に限って,戦前の日本に対する反省がまったくないことだ.国際社会から孤立し,身勝手な行動をしたという点においては戦前の日本も北朝鮮も同じだ.そういう戦前の日本を擁護する人々に北朝鮮を非難する資格はない.それとも,経済制裁に困窮し,北朝鮮がミサイルを撃ち込んできても,「やむを得ない行動」だと理解するつもりか?
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by hiroi22 | 2006-07-11 23:47 | じっと思う

ダバディの視点---サッカー文化とは?

 今日の朝日新聞の朝刊のコラム「私の視点」で”スポーツ・文化評論”のフローラン・ダバディ氏が,「協会会長に『立候補』します」と題した文章を寄せていた.フローラン・ダバディ氏とはあのトルシエ元日本代表の通訳をしていた長身痩躯の青年だ.最近は”スポーツ・文化評論”というのをやっているらしい.
 彼のこのコラムのタイトルにある「協会会長」とは日本サッカー協会会長のことで,コラムの内容は日本のサッカーについての提言である.ちょっと辛口だが同意できる点が多々あり面白い.少し引用してみよう.まず,今回のW杯での日本代表の件について,
何より気にかかったのは,分析や反省の不在だ.4年間の代表の強化方針は正しかったのか,監督の人選は妥当だったのか,優先的に解決すべき課題は何か,といった深い分析や反省が見られない
と指摘している.日本代表の敗退が決まったとき,このブログ
だけど,
「感動をありがとう」何ぞは口が裂けても言わないぞ.
目標を達成出来なかったのは,プロとして批判されるべきだし,きちんと批判は甘んじて受けるべきである.そして,今回の問題点(FWの人選,能力不足,戦術 etc.)を掘り下げて分析して次のチームに託してほしい.
と述べたように,私もこの提言はまったくもってもっともであると思う.日本のサッカー界では次期代表監督にオシム氏が決まったのはよいが,もうそれで今回のW杯については終わったと言わんばかりの様相だ.マスコミにしても,始まる前にあれだけ騒いだW杯だが,日本代表の敗退が早々に決まると,もう代表チームの戦いぶりは一顧だにしない.これではいつまでたっても同じことの繰り返しだ.
 その他にも,彼はJリーグとKリーグの統一という意表をついた提案もしている.ちょっと実現は難しいだろうが.....

 彼のこのコラムのベースには「サッカー文化」という考え方があるように見て取れる.たとえば,トルシエ監督時代,アイドルを出演させて試合放送を盛り上げたいという民放関係者に向かって「そんなものはサッカー文化の発展を害する」と言ったという.また,
「日本は強国」といった幻想を伝えないこと.アイドルや実況者が無意味に絶叫するような番組作りには協会として「ノー」を言い,逆にサッカー文化の向上に寄与する企画には今以上に協力することだ.
と述べている.私も,サッカーに限らずスポーツ中継にアイドルが登場するのは止めて欲しいと思うし,(このブログでも指摘したように)アナウンサーや解説者がうるさい放送はお断りだ.しかし,ここで彼が持ち出している「サッカー文化」というのがどうもピンとこない.
 「サッカー文化」とは何か.「サッカー文化」というものが,具体的にどのようなものを指すのかわからない.サッカーに比べて日本では歴史が長い野球に「野球文化」というものがあるのか?そう呼べるものは私はないと思う.一方「野球道」という言葉はあるし,耳にする.しかしこれは「野球文化」と呼べるようなものとはまったく違うものだ.「野球道」と言われるものは選手個人の心の持ちようや,あるべき選手としてのおこないなどを希求するものだと思われる.だから,広がりがない.
 このように考えてみると「サッカー文化」というのは,「野球道」のように選手個人にかかわることではなく,もっと広く観客も含めたサッカーにかかわる人々全部を対象にして,その各々のの行為を「正しく」向上させることにかかわる総体をいうのだろう.例えば,イングランドのプレミアリーグに見る,選手のプレーに敏感に反応するサポーターの歓声,ため息,拍手そして歌.確かにああいったものは「文化」だと言われるとそういうこともいえるかも知れない.ただし,この例でいえば,そのためには観客にサッカーに対する深い理解が求められる.何が良いプレーで何が悪いのか,それを一体となって判断して反応することが必要だ.確かに日本ではまだまだだと思う.
 そうして見ると日本のプロ野球の応援風景も「文化」といえるようなものかしらんと思いたくなるが,残念ながら私はそうは思わない.鐘や太鼓でどんどんうるさいのはプレーの観戦の邪魔になるだけだし,醜悪だ.「応援」のための「応援」ではその資格はない.日本のプロ野球の応援ではスマートな千葉ロッテは何となく雰囲気を感じるが,統率がとれ過ぎて逆に押し付けがましさを感じる.文化は自発的でなければいけない.
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by hiroi22 | 2006-07-08 23:37 | じっと思う

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