ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


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カテゴリ:ずっと思う( 135 )

よくわからない人々

 いつかも書いたかも知れない.またどこかで他の人も書いていたかも知れない.最近しばしば感じるのは「(何か誤りなどをして)攻撃できる相手は,どんな些細なことであれ,とにかく執拗に攻撃する」という風潮だ.特にインターネットを通してのそれがひどい.私が見るに,このような異常な攻撃ぶりは,攻撃する側の劣等感か何かの裏返しではないかと思う.そうやって自分の優越感を作ろうとしているのではないかと思う.
 さて,そのカテゴリーではないと思うが,よく分からないのが,例の朝日新聞の「素粒子」に載った「死に神」と鳩山法相を揶揄した記事に「犯罪被害者の会」とやらが噛みついた騒動だ.件の「素粒子」の言は鳩山法相の死刑執行について向けられたものだ.「犯罪被害者の会」の活動をどうこうするものではない.犯罪被害者の救済を目的とする会の趣旨と死刑執行の速度は無関係である.「素粒子」の言葉が犯罪被害者の主張を軽んずるものではない.何も犯罪者の刑を減刑させろという話ではないのだから.百歩ゆずって,その言が犯罪被害者の会のメンバーの感情を逆撫でしたとしてもそれは単なる感情論でしかない.ただし,感情論は感情論として抗議するのはよいだろう.どうぞご勝手にである.しかし,これには驚いた.(↓)
<犯罪被害者の会>朝日新聞に再質問 「死に神」問題で
 死刑執行の件数を巡り朝日新聞夕刊1面コラム「素粒子」(6月18日)が鳩山邦夫法相を「死に神」と表現した問題で、全国犯罪被害者の会(あすの会)は7日、朝日新聞社に「質問に正面から答えていない」として、6月25日に続き再度の回答を求める文書を送った。前回は「被害者遺族が死刑を望むことすら悪いというメッセージを国民に与えかねない」と抗議。これに対し同社は「犯罪被害者遺族の気持ちに思いが至らなかった」と回答していた。
 まだやっていたのだ.しかも「犯罪被害者遺族の気持ちに思いが至らなかった」という回答を受け取ったにもかかわらずである.これでは朝日新聞を攻撃することだけが目的のネット右翼と同じである.こういう行動をする「犯罪被害者の会」とは一体何だぁ?よく分からない人々の集まりなのか?と思ってしまった.
 インターネットの便利なところはこういう情報はすぐに検索できることだ.例えばこんなHPがある.
犯罪被害者の会幹事を辞任しました。

「犯罪被害者の会」の元幹部の独白だ.ここから少し抜粋すると,
辞任の理由は、大きく3つあります。

1、復讐権について
  被害者の会幹事会は、遺族がほとんどです。幹事の多くは、加害者に死刑を望み、復讐を刑事司法のなかで実現したいと強く主張しています。

 私は、『復讐権』を認めた社会は、人間の文明を滅ぼすと考えています。被害者の『復讐したい』という情念を社会に伝え体(ママ)という思いを否定しがたいものがあります。しかし、国家が被害者に代わって復讐することを刑罰として捉え刑事司法の改革を世論として確立する働きかけをすることは、私にはできません。

 死刑を廃止すること、それに真っ向方対立して死刑執行を求める動きもあります。

私は、被害者の権利確立は、加害者の刑罰に係らず進めたいと考えています。しかし、「犯罪被害者の会」の幹事会では、加害者の刑罰が少しでも重いことが、被害者の権利確立に通じるという情念で働いているように感じられます。そのため、修復的司法とか、和解という意味会いの言葉がどこかででてくると、犯罪被害者の会幹事会では、被害者に対しての裏切り行為のように感じられるようで、加害者を擁護することになるらしく、激しい攻撃にあうことがあります。
(中略)

3、民主的な運営とはいえないこと
  犯罪被害者の会は、日弁連元副会長の岡村勲さんを代表幹事として動いています。男性社会の企業など、組織運営の一つの形態として、トップダウン方式で権威者の言 動を自らの決定とする構造があります。

「犯罪被害者の会」にも、「代表幹事=犯罪被害者の会」の構造があり、そこから脱することができない幹事会の追従と幹事への縛りがあります。

 地方議会も男性社会ですが、とりあえず議会には民主的運営のルールがあります。そこを突破口に家父長的な運営を民主的な運営に変革する努力ができます。

「犯罪被害者の会」は、被害者の怒り、絶望感・あきらめ・人への憎悪、復讐・怨念という感情が渦巻いています。このような情念を持続的に燃焼させていこうとするグループのなかで、民主的なルールにしたがってやっていこうよという働きかけは、「遺族ではないからわからない」、「遺族の感情を損なう人」という反発を招くようです。

『被害者や遺族は正義である』という情念のなかでは消耗が大きく、かかわりたくないという思いが強くなりました。
 私はこの会の実態を知らないのだから,この意見にたいして確たる賛否を言うことはできない.しかし,今回の対応を見ているとこの人の意見もさもありなんと思うのである.
 で,ついでと言っては何だが,返す刀で次のことも言っておこう.
北朝鮮への制裁継続要望 拉致被害家族会などが集会(朝日新聞)
 日朝協議で拉致被害者の再調査と引き換えに対北朝鮮制裁の一部解除を合意したことなどを受けて、拉致被害者家族会と支援団体の「救う会」、拉致議連が7日夜、東京・永田町で緊急集会を開き、被害者の帰国が実現するまで制裁を一切解除しないように政府に求めていくことを確認した。

 家族会の飯塚繁雄代表(70)は「制裁を加え続けて、北朝鮮も相当な痛手を受けたと解釈していたが、制裁の(一部解除の)カードが無駄に切られた今の状況を非常に心配している」と訴えた。約600人の参加者は、制裁継続のほか、再調査が不十分だった場合の追加制裁を政府に要望し、米国にはテロ支援国家の指定解除手続きの中断を求める決議を採択した。
 拉致被害者家族会の人達の言っていることもわからない.「被害者の帰国が実現するまで制裁を一切解除しないように政府に求めていく」そうだが,この人たちは制裁を続ければ北朝鮮が
「はい,参りました」
と頭を下げて被害者を帰国させてくれるとでも思っているのだろうか?そんなことはあり得ないだろう.相手にもプライドというものがあるのだ.これはむしろ逆効果で,まとまるものもまとまらなくなると考えるのが自然ではないのか.一体この人たちは解決のためのどんな青写真を描いているのだろう.はっきり言えば,この人たちは,対外的に勇ましいことを言えば人気を上げられると考えている政治家に利用されているだけなのだと思う.
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by hiroi22 | 2008-07-08 01:42 | ずっと思う

森毅のオッサン

 朝日新聞の夕刊に「人生の贈りもの」という連載インタビューがある.一口でいえば年寄り有名人にこれまでの人生の自慢話をしてもらうというものだ(というのはちょっと皮肉すぎるか).そのインタビューに今日から森毅京都大学名誉教授大先生がご登場なさった.
 私に言わせれば,森毅センセぐらい幸せな人はいないと思うのだ.なにしろ世間がまだ素朴で,京都大学教授しかも専門は数学,ということだけで一目置いてくれて引っ張りだこになった人なのだから.そういう古き良き時代をゆっくり過ごしてきた人なのである.じっさいに80になっても天下の朝日新聞のインタビューに対して理路整然風に答えるのだ.これはよっぽどストレスのないお気楽な人生を送ってきたに違いない.まったくうらやましい,うらやましい.(^0^) これが最近だとそう簡単にはいかない.大学教授といっても無闇には尊敬してくれない.藤原正彦先生のように文才という武器がなければダメである.もっとも森センセとて無芸ではない.テキトーに話を広げて何となくわかった気にさせるテクニックには長けているような気がする.
 そのインタビュー,おそらく今週一杯続くだろうが,初めから森毅節が炸裂している.堂々と「僕は物好きで,ものぐさ。」と公言するのだから,「公務員は楽して給料もらい過ぎ,キー!」といっている方々が聞けば卒倒しそうな話である.そういえば,記憶違いでなければ森毅センセは“公務員イジメ”で一部の人の溜飲を下げている橋下大阪府知事と同じ高校出身じゃなかったかな? ふふふ.
 今日のインタビューはこんな言葉で締めくくっている.
ただ教育問題で一番気に入らんのはね、クラスの人数が少なければ目が届いて、みんなに愛情が注げるって、あれは上からの論理でやり過ぎですよ。僕の一人っ子体験からしても。そんなに目を届かされたら、かなわんし、そんなに愛情を注がれたら、困るの。
う〜む,このジイさんはホンマに素直やないのぅ・・・・
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by hiroi22 | 2008-06-16 23:13 | ずっと思う

"Z"を観る

 NHK BS2で映画“Z”を観た.もうずっと昔に映画好きの友人に連れられて観て以来2度目だ.イブ・モンタンが主演--といっても活躍するのは前半だけだが--のこの映画はギリシャで起きた政治的陰謀による暗殺事件がモデルとされる.しかし,そういった後知恵的なことは抜きにして,当時の僕の常識にガツンと食らわせる映画だった.
 この映画は軍と警察による謀殺を描いたもので,国家による犯罪を告発している.“警察は頼りないけど正義”,“軍隊は市民を守ってくれる存在”と能天気に信じていたボクには,天地がひっくり返るようなメッセージを発する映画だった.久し振りの観賞はその時の衝撃を鮮やかに思い出させてくれた.一方で,年齢を重ねた今,当然ながら昔とは違った思いも感じた.
 首謀者は上層部の人間だが,実際に手を下すのは学問もなく日々の生活にあえぐ貧しい人間である.1969年製作のこの映画の中で,「この国の正しい姿は国王と宗教だ」という,どこかで聞いた風なメッセージで,名もない人々を極右組織へと煽動する人間が描かれていた.そう,どこの国でもこの手の思想は同じなのだ.ただ,それを信じている人間が「自分たちは特別だ」と思い込んでいるに過ぎない.そして,無知がその煽動を手助けするという構図も変わらない.これは情報伝達手段が豊富になった現代でも同じである.むしろ「嘘も百回言えば本当になる」という傾向が強まった感さえある.どこかの漫画家のアホな言説が通用しているのもしかり.

 政治的なインパクトに目をつぶってもこの映画は面白い.前半のややスローと感じる伏線部は後半の息もつかせない展開につながる.いつかフランスの小説でも読んだことがある展開である.そして最後の鮮やかなどんでん返し.少しのユーモアと聴衆に訴えかける社会正義.真剣な姿勢だがスマートである.

 この映画はもちろん「政治的」な映画である.おそらく「靖国」よりももっと政治的であろう.「言論・表現の自由が保障されている」現代日本では,当然稲田朋美センセイらの“国政調査権”の発動で,この種の「反体制映画」の製作は困難であると予想される.この映画の中で,実際に暗殺を実行した人間--それは貧しい労働者なのだが--彼が
「この国は民主主義で集会の自由が保障されているが,それに反対する自由も保障されているのだ」
と発言していたが,これもどこかで誰かから聞いたような気がするのだが,ハテ気のせいだったろうか・・・

 それにしても,まだ幼かった当時のボクをこのような映画に誘ってくれた友人には感謝しなければならない.そういえば,来月同窓会があるが,彼は来るのかしらん....
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by hiroi22 | 2008-05-20 00:18 | ずっと思う

人ごとではない,原発という爆弾を抱えた日本

 中国の今回の大地震には全く言葉もない.ニュースで見る状況は悲惨でこれからどれだけ被害者が増えるかもわからない.数万人以上の規模になることは間違いないだろう.被害に遭われた人達にはお見舞いの言葉をかけるしか今のところ術がない.今はメールというものがあるので,私も中国の知人にお見舞いのメールを送ったが,テレビで流される映像を見るとほんの気休めにしかならないと痛感する.これからどんどん悲惨な状況が明らかになるのではないだろうか.日本としてできるだけの援助をしたいものである.
 今回の地震は阪神淡路大地震の数十倍の規模であったという.地震国日本でも人ごとではない.これは個人的に備えが必要という意味もあるが,原発というやっかいなものを抱える国としての危機感もある.先だっての北陸での地震で柏崎原発が「想定外の揺れ」で大きなダメージを受けたことは記憶に新しいが,柏崎原発だけでなく地震列島日本には危険な原発が至る所にあるといっても過言ではない.もっとも問題なのは,柏崎原発と浜岡原発だろう.特に浜岡原発は想定される東海大地震の断層の上にあると聞く.仮に東海大地震で浜岡原発がポンとお釈迦になれば静岡名古屋は壊滅するのだろう.
 いったい原発というものは一旦大事故になれば,その被害はローカルなものでは収まらない.例えば,今回の中国の地震でも被害が震源地付近が深刻だが,その地域以外での被害は小さい.しかし,原発での大きな事故ともなればそうはいかない.その時の風向きにも依るが,百キロ程度の範囲であっという間に放射能被害が広がってしまう.しかも半減期が数千年数万年という単位の放射性元素による汚染である.広範囲に渡り末代までも被害が及ぶのである.
 原発というのはこういう大事故だけでなく廃棄物処理の問題も抱えている.たぶん,平時(?)にはこちらの方が問題として深刻だろう.いずれにせよ,こんなあぶない綱渡りをどうして続けるのか,私には理解できないのである.
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by hiroi22 | 2008-05-14 23:00 | ずっと思う

新潮と文春に踊らされほどの馬鹿でもなし

 中国の胡錦涛国家主席が来日し,福田首相との首脳会談の実施・共同声明の発表など積極的に対日外交を行なっている.お互いの国の責任者として臨む首脳会談で利害の対立する問題では劇的な解決を望む方が無理だとは思うが,共同声明を読む限り,両国の友好への「雰囲気」は見て取れるた.むろん,“雰囲気”だけで満足できない向きもあるだろう.また,その“雰囲気”にしても,福田首相個人に対する中国側の信頼に負うところも大きいかもしれない.しかし,ともかくもやや冷えきっていた日中関係の新たなスタートで,すべてはこれからといったところだと思う.
 国同士でも,人と人のつきあいでも同じだが,初めからケンカ腰や不信感を持って臨んでは結果は明らかだ.国同士ともなればお互いのいろいろな階層の多種雑多な利害関係が絡む.冷静で大局的な見地が求められるのだろう.今朝そんな感触を持って新聞を広げて見て,週刊新潮の見出しを見て驚いた.いきなり
「パンダ下賜」に平伏する「胡錦涛」来日
ときたもんだ.共同声明のどこを読めば「平伏」になるのかね?この見出しをつけた人間の頭の中が透けて見えるようだ.私に言わせれば下品の一言.また,
福田首相五輪出席なら支持率は一ケタになる
ともある.違うだろう,新潮サン.本当は
福田首相五輪出席なら支持率は一ケタになって欲しい!
と書きたかったんじゃないのか?さあて,こんな見出しに踊らされる人が何人いるかなぁ?
週刊文春も負けてはいない.
胡錦涛の「笑顔」にスリ寄る福田政権「大パニック」
とある.何でも好きに書いたらよいけれど,悪意のある魂胆がミエミエじゃ.
 文春は同じ紙面で「首脳会談は大失敗」というタイトルで櫻井よしこセンセイと富坂聰サン(どなた?)の“徹底討論”なるものを掲載している.はっきり言って櫻井よしこセンセイが何を“徹底討論”されたか存じ上げませんが,どんな首脳会談であっても「首脳会談は大失敗」以外の結論が出るとは思えませぬ.予定調和というやつである.そういう意味では原稿はきっと楽だったんだろう.悪口の文章の間に適当に人名と行事を挿入すればよいのだから.

 週刊誌は売らんかなの姿勢で刺激的・扇情的な見出しを付けたがるのは理解できるが,度を過ぎては品位も何もあったものではない.こんな見出して踊らされる人達もいるのは確かなんだけどね.悲しい話だけれど.
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by hiroi22 | 2008-05-09 00:09 | ずっと思う

言論人の見識を示した「クローズアップ現代」

 このblogでも問題視した映画「靖国」の上映妨害問題.今日のNHK「クローズアップ現代」でも取り上げていた.冒頭,国谷裕子キャスターは

「いろいろな意見があるから公開して議論する.それが表現の自由だ」

と真正面からきっぱりと断言した.

すばらしい!カッコいいぃ〜

言論人として当然の見識かもしれない.しかし,かくも明確に述べられる人は尊敬に値する.彼女は続けて,このような妨害活動には「今の日本の社会の閉塞感を感じる」と表現した.また,ゲストの作家吉岡忍氏は「(いろいろな意見があるということを許さないというのは)文化の豊かさの危機」という趣旨の発言をしていた.これらの意見もまったく同感である.ただし,私は“文化の豊かさの危機”=日本の知的貧困と言い換えたい.
 番組では上映予定の映画館に対する様々な妨害・嫌がらせの実例が報告されていた.右翼街宣車による卑怯な嫌がらせ,迷惑電話とともに紹介された名古屋の映画館に抗議に訪れた男性の酷い話には怒りを通り越して笑ってしまった.
 その男性は映画「靖国」を上映予定の映画館の支配人を呼び出して,「靖国神社に行ったことがあるのか?」と問い,(反日として問題がある)映画の上映中止を迫ったそうである.しかし,その支配人が「あなたはこの映画を見たのか?」と尋ねると.「ない.」と答えたという.もうこの兄ちゃんは

天下太平,日本晴れのアホである

公開する映画の題材になった場所に行かねばならんのなら,映画の支配人は体が持たんだろう.批判するのは結構だが,自分で映画は見ていないという.もうメチャメチャである.理性も何もあったものではない.こういう状況をもって私は“日本の知的貧困”と言いたいのである.おヒマならこのblogでこの問題を取り上げたエントリー(↓)とそのコメントをご覧あれ.
日本を恥ずかしい国に貶める輩
寄せられたコメントは,訳の分からんアダルトサイトの宣伝以外は一切削除していない.はっきり言わせてもらえば,このエントリーに寄せられた一部のコメントに上の男性と同じ“日本の知的貧困”を私は感じてしまう.
 番組の最後で,この問題の契機となった週刊誌の記事と稲田朋美らの国会議員の活動を遠回しながら批判していた.公共放送としてはあまり厳しい言葉での批判は無理かも知れないが,それでも視聴者には十分この下品な週刊誌とアホな国会議員の実体は伝わったのではないだろうか.

 ところで,私も先日公開中の「靖国」を見に出かけたのである.しかし,「本日のチケットは完売しました」の貼紙にあえなく沈没.考えてみれば,人口1千万を越す東京の中でたった一つの映画館でしか公開されていないのだ.この現状では観賞は難しいだろう.いつか日をあらためてチャレンジはするけれども.....
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by hiroi22 | 2008-05-08 00:24 | ずっと思う

これも大阪の凋落なんだろうか・・・

 関西,特に大阪の地位の地盤沈下が指摘されて久しい.僕自身大阪の出身だし,今でも地元大阪に愛着があるのでそのような話を聞くと寂しい気持ちになる.“地盤沈下”と言われても,大阪を離れた身としては今ひとつ実感はなかったし,インターネットで情報が飛び交う時代には,インフラさえしっかりしていれば地域格差などないのではないかといぶかしく思っていたほどだった.それでも,出張などで大阪に帰った時に,電車の中が東京ほど混んでいないことなどに出くわすと,空いていて快適だと思う反面,やはり少し元気がないのかと感じることがあった.そんな先日,久々に神戸に物見遊山に出かけたおりにまた“地盤沈下”を感じてしまった.
 神戸というのは昔から僕のお気に入りの街で,眼前に迫った緑の六甲山系は僕を温かい気持ちにさせてくれる.天候も申し分なく,僕は気の合った知人と楽しいひとときを過ごし,同窓会に出かける知人と別れて,三宮から空港バスに乗って伊丹から羽田へ気分よく戻ってきた.ところが羽田空港のロビーに出て,しばし考えてしまった.伊丹空港との落差を感じたのだ.ANAを利用したので,新しい羽田空港第二ターミナルに降り立ったということもあるが,レストランが立ち並ぶ羽田空港に比べると伊丹空港の飲食街は貧弱だ.これでは「大阪の食い倒れ」と言えたものではない.レストランだけではなくその他のショップも含めて圧倒的な差がある.また,そのロビーを行き交う人々の数とアクティビティにも大きな隔たりがあるといわざるを得ない.伊丹空港では人々は出発待ちという風情で,どこかのんびりした雰囲気があるが,羽田空港では多くの人々が活発に往来しているように見えた.
 新しい滑走路も完成して発展中の羽田と関西空港に取って代わられた伊丹とを比較するのは適切でないかも知れないが,そういった事情を考慮しても両者の差のあまりの大きさは,関西の凋落を象徴しているように思えた.
 冒頭にも書いたように,出稼ぎ大阪人としてはこれまで“地盤沈下”をあまり思ったことはなかったし軽視していたが,今回のちょっとした印象で「うむ」と考えてしまった.おそらく,この現象は全国の地方都市で起こっていることなんだろう.それにしても,長い歴史と文化のある関西の凋落の原因は一体なんだろうか.僕の住んでいる最寄りの駅前には最近マンションが建ち並んでいる.人が集まりますます窮屈になる都会.その一方,ビジネスという面からはメリットが大きいのだろう.地方分権っていう言葉がむなしい.
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by hiroi22 | 2008-04-29 22:49 | ずっと思う

あらためて死刑判決を考える

 昨日話題の事件,光市母子殺害事件の判決が下された.死刑判決となったわけだが,私はこの事件にはさほど興味がない.ただ,死刑という判決にたいしては,妥当なのかも知れないと思っている.私自身刑法にはまったく知見がないが,伝えられる犯罪の残虐性を思えばもっとも重い刑罰は妥当かも知れないと感じている程度である.ただし,私がよく読ませていただいている「世界の片隅でニュースを読む」さんの意見;
 私は一連の群衆心理に、排外主義と同じものを感じる。
 つまり、弱そうな「公認の敵」、いくら攻撃しても反撃されることはなく、権力も認めている「敵」を攻撃することで、絶対的優越感を得るという点で、両者は共通するのである。もし犯人が「少年」でなく「暴力団員」だったら、ここまで世論は高まっただろうか? メディアは報道しただろうか?
 否である。この国の大衆が「少年犯罪」となると、大人の犯罪以上に激昂するのは、自己より絶対的下位にあるべき「少年」が自己の存在を脅かしていると感じるからだ。あえて断言してもよいが、「少年法はいらない」「少年を死刑」にと叫んでいる人ほど、街中で未成年が不法行為をしていても注意のひとつもできず、内心で苦々しく思っているだけの臆病者だ。自分の弱さを誤魔化すために、「少年犯罪」をだしに使っているにすぎない。
という意見は常に心に置いている.卑近な喩えでいえば,恐そうなご仁の電車の中での携帯電話の通話は見て見ぬ振りだが,女子高生の通話は不機嫌な顔で注意するような真似はしたくないのである.
 今回の判決の後,来年から始まる「裁判員制度」のことが話題になっていた.自分が事件を裁き,死刑判決を下せるのかと問うものだ.確かに自分で考えてみても,どういう根拠でこのような重大なことを決めればよいのかわからない.ともかくも来年から問題点が山積のエラい制度が始まる.
 今回の裁判で気になったのは,裁判官が「被告に反省が見られないから死刑は当然」という趣旨の判決文を書いていたことだ.私はもうずっと,それこそ裁判官の判決というものを知って以来というべきかも知れないが,この「被告の反省」とかいう理由で刑の軽重が決まることに疑問をもち続けている.
 何か(刑事)事件があったとき,事件当時またはその前の事件を引き起こす経緯などで「同情すべき」と考えられる点があり,それが理由で刑が軽くなるということは納得できても,事件後の改悛の情によって刑を軽くする,というのは賛成しない.またその逆で「改悛の情が見られないので刑を重くする」というのも賛成しない.人間の心の中まで見て判決をするなどはおよそ不可能と思うからだ.
 裁判員になって,被告または原告である美人がはらはら流す涙を見て心を動かさぬ成人男性は稀だろう.被告が堂々としているのを見て,「罪の意識を感じない」と見る人もいれば,「罪を潔く認めた姿」と見る人もいるだろう.本人の心の中は本人しかわかるまい.そのわからぬ心の中を他人が忖度して刑事事件の判決という重大なことを決めてはならないと思うのだ.今回の裁判官の文章を見てそれを危惧している.特に,今回の事件は異常とも言える報道の中で行なわれていた.その異常さが判決に影響を与えていたとしたらそれは「法治国家」の裁判ではないと思う.
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by hiroi22 | 2008-04-24 22:47 | ずっと思う

いずこも同じ秋の夕暮れ

 チベット問題で言葉の暴力が報道されている.
仲介の中国学生を非難 中国、チベット問題でネット暴力(共同通信)
 【ニューヨーク17日共同】米紙ニューヨーク・タイムズは17日付の1面の記事で、米大学内で起きたチベット支援の学生グループと、北京五輪や中国政府を支援する学生の小競り合いを仲介した中国人女子学生(20)がインターネット・サイトで「反逆者」として写真が掲載されて陰湿、暴力的な非難を浴びていると報じた。本人には「帰国したら死体を細切れにする」との匿名のメールまで送られているという。
 中国でもこの手の陰湿・卑怯な嫌がらせはあるようである.もっとも,この極東の武士道日本でも街宣車を繰り出して,気に入らない映画の上映に対して嫌がらせをするという「ご立派な」活動が話題になったばかりである.
 私には,日中双方で見られるこの手の人達は鏡に映った分身のようなものだと思われるのだが,だからといってお互い手に手を取り合って連帯するというわけではない.むしろ互いに軽蔑しているようだ.鏡に映ったみにくい姿が,まさか相手から見た自分の姿であるとは思いもよらぬのだろう.
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by hiroi22 | 2008-04-18 22:55 | ずっと思う

なるほど,日本でイジメが無くならないわけだ

<入学式>入学金未納の2人、出席させず 千葉県立高(毎日新聞)
 千葉県八千代市の県立八千代西高校(大迫太校長、339人)が、入学金未納の新入生2人を入学式に出席させなかったことが12日分かった。大迫校長は「授業料滞納が目立ち、未納は負担の先送りと思った」と話すが、県の公立高校教職員組合は「非教育的対応」と批判している。

 県教委と同高によると、新入生159人に、入学金、教材費など9万円を8日の入学式に持参するよう求めていた。男女各1人が「お金が用意できない」などと持参せず、式直前、校長がそれぞれの担任に別室での待機を指示した。2人は約40分の式の間、教室と会議室で待機した。
高校を管理運営する者としては,むろん入学金の未納は看破できないだろう.しかしその責任の追及は保護者たる生徒の親にたいしてなされるべきものだ.経済的に責任のない高校生,しかも新入生として入学してきた生徒に入学式に出席させないという公然たるペナルティーを与える教育的かつ合理的理由は全くない.
 大迫校長は「入学式当日に必要なお金は3月の説明会で伝えている。経済的問題があれば相談するよう話した。苦渋の決断だったが、当然の判断だと思っている」と説明。県教委指導課の田山正人・主任指導主事は「保護者と生徒にはつらい思いをさせてしまった。事前に入学金についての十分な説明をしており、学校としてはやむを得ない判断だったと思う」と話している。
「入学金と教材費が未納なので入学式には出席させない」というのはまったく人間味を欠いた処置である.なぜそれが「当然の判断」なのか?上にも述べたように,入学金の支払いは保護者に対するものであり,入学式の出席は生徒本人に関する事柄である.入学式というセレモニーで生徒の心を傷つけるような行為が教育的といえるのか.入学金未納については「これが支払われなければ高校入学が認められない」と保護者に通告すればよいだけのことだ.また生徒たちには「みんなと入学式を迎えるけれども,まだ入学金や教材費が支払われていないから,正式な入学手続きは終わっていないよ」と話しておけばよい.それだけで状況はすべて確認される.
 教育評論家の尾木直樹・法政大教授(臨床教育学)は「極めて機械的、官僚的対応。学校側は2人だけではなく、生徒、保護者に謝罪すべきだ」と話している。【神足俊輔】
「保護者に謝罪」はともかく,「教育者」という人間を育てる側の対応にしては「極めて機械的、官僚的対応」というのは同感である.

 いい年をしたオッサン,しかも高校の校長というから,長年の教育経験もあり,それなりの分別ももっているだろう.なのに何故こんな思いやりのない対応しかできないのか.校長がこんなお粗末な対応しかできないとは,なるほど,日本でイジメが無くならないのも無理からぬことだ.
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by hiroi22 | 2008-04-14 00:00 | ずっと思う

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