ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


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何じゃこれはの「逆説の日本史」

 知人が読んでいるというので井沢元彦の「逆説の日本史」(文庫本)を求めた.長い歴史シリーズ物なのでどの巻にしようか迷ったのだが,まあ初めがよかろうと第1巻を買った.ところが序論から読み始めてびっくりした.いい加減さが暴走しているのだ.この馬鹿馬鹿しさについていけず,結局「序論」を読んで放り投げてしまった.こんないい加減な論理を操って悦にいっている著者のものはこれ以上読んでも無駄なだけである.あ〜あ本代を無駄にしてしまった.
 こんな本が何で売れるんだ?と疑問に思ってGoogleで検索したらやっぱりありました「逆説の日本史批判」.たとえば:
 納得できない『逆説の日本史』
これはわりと歴史学的な立場で具体的に批判されています.私はそういう歴史的な知識は貧しいのでどちらかといえばこちら:
 逆説の日本史の逆説
に我が意を得たりという感じがします.もっともこの方は私よりも先まで読み進んだ上で批判されています.とてもじゃないが私にはそんな忍耐力はありませんでした.002.gif とりあえず私が読んだ短い範囲内で「何じゃこれは?」と思える部分を拾っていきます.
1)井沢氏は学会の「実証主義」「資料中心主義」を批判しています.しかも声高に.しかし,彼のいう「実証主義」「資料中心主義」とはどこまでを指しているのかわかりません.歴史,特に時代を遡れば手に入る資料・データは当然少なくなります.当然,一般に歴史において「実証主義」「資料中心主義」といっても自ずと限界があるのは明らかです.したがって口角泡を飛ばして「『実証主義』『資料中心主義』はけしからん!」といっても鼻白むだけです.乏しい資料から当時のことについて仮説を立てるという作業は,別に井沢氏に言われなくても,考証の過程でなされていることだと思います.逆に井沢氏に問いたいのは,資料なりデータなしで得た結論にどのように説得力を持たせるのか,ということです.「俺が考えたことだから正しい」では学問になりません.
2)井沢氏は「怨霊・呪詛が科学の対象となっていない」とお怒りである.さあてホントにこれが科学の対象になっているかどうかは私は知らない.しかし,その例としてあげたものが噴飯ものなのだ.氏は
「写真というものは印画紙,単なる紙である.しかし,自分の母親の写真は踏みにじることは(普通の人間なら)出来ないだろう.だからその写真には『臨在感』というものがあるのだ.この存在を認めなくして何の科学があろう」
と主張するのだが,はあ?正気か?「臨在感」という結構なものがあったとしてもそれは個人の心の中の存在.「紙」のような物理的な存在と比較する出来るものではない.それとも井沢氏は暗闇で母親の写真が落ちていたとしても,その「臨在感」とやらで見えなくても写真を踏まずにすむのだろうか.これはもうオカルトの世界である.
3)この序論の終わりで井沢氏は「江戸時代百姓は年貢として米を武士に取られて雑穀しか食べることができなかったと唯物史観の学者がよく主張するのはイデオロギー史観だ」と主張する.私はそういう唯物史観の主張は知らないが井沢氏はこの主張に「数学的に」反証している.これがまた信じられない論理なのである.まず彼は尺貫法から切り出す.彼によれば:
a) 一坪に始まる面積の単位はその広さで取れる米の量から決まっているという.
b) そしてそれはその広さで取れる米で人間を養える量が元になった単位という.
c)石高とはその広さの土地で取れる米の量の総和である.
ふ〜ん,そうなんだである.しかし当然これは荒っぽい見積もりであることは言うまでもない.a)でも同じ面積でも土地が肥えているかそうでないかで取れる量は違う.b),c)でも誰が食べるかで養える量は違う.だから彼の数字を信じたとしても「1万石というのは人間1万人を1年間食わせていける農業生産がある」という主張は“完全に正確”というものではない.しかしまあそれは概数で認めよう.ただし「数学的」には彼のご託はなにも目新しいことを語っていない.簡単に言えば「石高というものは領地の田圃の面積を表す.田圃の面積は米の生産量にほぼ比例する」という当たり前のことで済む.後は単位の変換の問題に過ぎない.非本質的なことで知識をひけらかせているのは気に食わないがそれを除けば大したことはない.問題はこの後である.私は次の文を見てひっくり返った.

「たとえば日本の国の総石高が仮に二千万石だとしよう。すなわち農業人口も二千万ということになる。」(p. 74第2〜3行)

・・・何言ってんのぉ?“田圃の面積=農業人口”って一体どこから出てくるんだね?こんな公式が成り立つのならこの世に食料問題は存在しない.これは

「アフリカの食料生産用の土地はXヘクタールある.(これはY人の人間を養える広さなので)したがってアフリカの人口はY人である」

と言っているのと同じである.さすがにこんなことを平然と書くとは信じられなかったので,どこか読み落しがあったのではないかと探してみたのだがーーーない!!この時点でワタクシはこの本を放り投げました.こんな論理を振りかざしているようでは何を書いてもでたらめだし,この先ついていけませんわ.

 実はこれ以外にもまだまだ突っ込みところはあるのである.70ページほどの序文でこれだけのヒドさなのである.参った参った.008.gif
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by hiroi22 | 2008-11-29 21:57 | じっと思う

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