ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


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オーソライズされない“権力者”

 今の日本は一応「民主主義」ということになっている。つまり、政治は国民の意思によって決定されるというシステムである。その「国民の意思」は選挙を通して、それを確認することになっている。では、その意思を確認した前回の衆議院選挙とは何であったか?言うまでもなく2年前の小泉内閣での郵政民営化選挙である。そのときの結果がどうであれ、ともかく国民の意思決定はなされている。ただし小泉内閣とその当時に掲げる政策に対してである。ここでその選択の妥当性は問わない。ともかくも、当時の小泉内閣は国民から権力を付託されたといって良い。
 あれから2年が経った。しかし、時間は問題ではない。その中身である。内閣総理大臣は2回変わった。そして、今3人目が決まろうとしている。ところが、これらの「内閣総理大臣たち」およびその候補者の選択に対して「国民の意思」は全く示されていない。いや、正確に言えば昨年の参議院選挙で与党は惨敗を喫しているのである。したがって、制度上はともかく、民主主義の精神から見て、彼らが権力を行使する正当性は全くない。
 一昔前の自民党の愛すべき古狸の政治家たちはこういう時には「憲政の王道から解散すべきだ」と言った。「憲政の王道」とは時代がかったやや大げさな言葉である。古狸が好きな言い回しである。しかし、彼らの言わんとすることは正しい。国民の意思決定を経ずして得られる政治権力があるとすれば、それは独裁である。麻生だ小池だと名前は挙がっているが、彼らが自民党総裁選挙というものだけを経て総理大臣となり、そして2年前の彼ら自身の政策など一言たりとも口にしなかった選挙結果の上にあぐらをかいて、政治権力を行使しようと考えているのならば、彼らは民主主義の徒ではない。単なる権力主義の輩である。そうでないならば、直ちに衆議院を解散して民意を問わなければならない。
 この種の議論をすると「政治空白を避けるために解散は避けるべきだ」という意見が出る。私に言わせればこの意見は欺瞞もいいところである。国民から真の付託を受けていない権力者が勝手にわれわれの税金を使い、その政策を押しつけるくらいならば、選挙のための政治空白など問題ではない。第一、選挙のための政治空白やらを恐れていては選挙など出来はしないではないか。
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by hiroi22 | 2008-09-04 00:10 | ずっと思う

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