ボーッと何かを・・・ 日々の考えの備忘録


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我ながら芸がないと知りつつ...

 このblogは自分の備忘録の一つなので,気になったことも書き留めておこう.「書き留める」といっても,コピー&ペーストが主体である.なにしろ気になったのは毎度おなじみ(?)の中日新聞の社説だから.部分的に引用したのではそのflavorが損なわれるので,以下コメントを交えて全文引用する.
【社説】

言葉に感じる危うさ 週のはじめに考える
2007年12月9日
 言葉は、時に危険な力を秘めています。それに惑わされて道を誤らないよう、言葉に感じて反応するのではなく、言葉を受け止めて考えなければなりません。
 故司馬遼太郎さんから出版社に戻された原稿のゲラ刷りには、至る所に推敲(すいこう)の跡がありました。こちらを直し、あちらに手を入れ、判読しにくくなって、色鉛筆まで動員したものもありました。
 自分の表現したいことを正確に伝えるために、言葉を慎重に選び、文章を練りあげたのです。
冒頭にある「言葉に感じて反応するのではなく、言葉を受け止めて考えなければなりません。」とはその通りだ.しかし,いつものことだけれど,この社説の的確な表現には敬服する.
 よく「読み」「考える」相手であれば、書く側も言葉の重みを意識せざるを得ません。作家と読者の真剣勝負です。歴史に残る大政治家の多くも言葉を大事にしました。
 軽くなっている“国論”
 対照的なのがテレビの常連である政治家やコメンテーターと称する人たちです。吟味されていない言葉がポンポン飛び出し、視聴者らに考えるいとまを与えません。そこでは言葉が実に軽くなっているのです。
 昨今、その軽さを歓迎し、言葉で考えるのではなく、言葉に感じる傾向があります。その結果、人気が支持と同義になりました。
 作家の池沢夏樹さんは、自衛隊が米軍などの艦船に給油するためインド洋に派遣されることが決まったことを二〇〇二年二月、「原則を越えている」と書きました。自衛隊のインド洋派遣は日本国憲法が認める自衛の範囲を越える、と考えたからです。
 以下は当時の文章「国論が軽くなる」(新刊『虹の彼方に』所収)からの要約、引用です。
 原則を越えるインド洋行きがするする実現してしまったのはなぜだろうと考え、たどり着いたのが「重かったはずの国論が大変に軽くなっている」事実です。そしてある日、空港で重い貨物コンテナを一人で動かしているのをみて、コンテナの下の床に仕込んである無数のボールベアリングの効用に気づきました。
 好き嫌いの判断で選択
 「ボールベアリングの役を果たしているのは言葉である。軽くて、心地よく、抵抗感なくするりと入ってくる広告的な、テレビ的な言葉が重いものを軽く見せる」
 「ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。水から空気までのすべてが商品と化し、人は感性で、つまり一瞬の好き嫌いの判断で、それを選ぶ。それを促すための滑らかで詐欺的な言葉遣いが日本語の最も日常的な用途である」
「言葉が実に軽くなり」,「言葉で考えるのではなく、言葉に感じる傾向」,「ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。」というのも私が感じていることと同じだ.特にネット上の言説を見ているとどうしてこんなに乱暴で無神経なんだと憤慨することがある.う〜む,そういえば最近もこの種のことで憤慨して,無駄とは知りつつ批判をしたのだったなあ.... 
 小泉純一郎元首相もボールベアリングのような言葉を盛んにばらまきました。国会答弁、記者会見、演説などを通し、平易な表現ですが、軽くて、時には無責任な発言で憲法第九条などの重い荷物を軽々と動かしてみせました。
 二年前の総選挙の大勝は、郵政民営化の功罪に関する具体的な議論を避け、問題を「改革是か非か」と単純化した効果でした。
 後継の安倍晋三前首相は、参院選に惨敗して政権を放り出しました。「美しい国」「戦後レジームからの脱却」など観念的な概念を並べただけで、「広告的な、テレビ的な」小泉流言葉遣いができなかったのも一因ですが、参院選では多くの人が、それまでのように言葉に「感じ」て政治的選択をする危険性に気づいたのではないでしょうか。
安倍晋三の言葉遣いにだまされるようでは救いようがないと思うが,しかし「多くの人が、それまでのように言葉に『感じ』て政治的選択をする危険性に気づいた」とはどうだろうか.貧乏性な私はまだ,そこまで安心できない.
 そうかといって前首相には、司馬さんのように思考をぎりぎり磨き、色鉛筆まで駆使して表現を練る能力も忍耐力もなかったようです。
ああ,そのとおりです.
 状況が一変した今も、「給油できないと国益を損なう」「法律が国会で成立しないのは国難」などと言葉を操り政治を動かそうとする人がいます。「だから大連立だ」と現実に政治が動きかけました。
 しかし、「給油には国連決議が必要だ」と原則にこだわる民主党を、参院の多数党にしたのは国民です。法案が成立しにくい「衆参ねじれ現象」をつくったのも国民です。
 それを無視して国益論、国難論を振り回すのは民意否定です。国民の意思から離れた国益はありません。
これもおっしゃる通り.誰かも言っていたが「ねじれ国会」という言葉は誤解を与える.民意としての選挙の結果なのだから「ねじれ」といった否定的なニュアンスを持った言葉はおかしい.
 驚くべきことに、大連立に向けた舞台裏工作の主役は読売新聞主筆の渡辺恒雄氏だといわれます。
 対象を公正、客観的に観察して国民に報告する使命を負ったジャーナリストが、自らニュースの当事者になり、マスコミの影響力を背景に密(ひそ)かに政治を動かそうとしたのは、ジャーナリズムとして邪道です。
ふむ.なかなかはっきり言いますね.一方で,読売新聞の良識あるジャーナリストたちはどう思っているんでしょうね. 
 池沢さんは、アフガン戦争開始などでテロ撲滅のセールスポイントが功を奏したことを念頭に、「上手に売り込まれれば戦争だって買ってしまう」と懸念しました。
 国の進路を決めた標語
 現在の国際情勢では、日本がすぐ戦争に巻き込まれるとは考えられませんが、昭和の歴史は、政府や軍部の繰り出す「聖戦」「国体護持」など簡潔な標語に国民が無批判に感応することの連続でした。
 そんな時代に戻らないように、言葉に「感じる」のではなく、言葉によって考え、注意深く判断するようにしたいものです。

 この言葉に高校時代のことを思い出した.
 私の高校時代,歴史のある教師は授業で歴史上の人物をボロクソにけなすのだ.曰く「○○はトンデモナイ奴で」とか「××は悪党で」とかを連発するのだ.時には「ここに書いてあることはウソで,実は...」とか言い出すのだ.むろん,彼に根拠がないわけではない.彼自身,高校教師でありながら歴史学者としては一家言を持つひとかどの人物で,彼の発言にはそれなりの裏付けがあるものだった.
 彼の独特の言い回しにゲラゲラ笑いながらも,自分自身これまで常識であると思っていたことは,実は何の裏付けもなく何も考えずに信じていただけに過ぎないことを認識して,心の中でひどくショックを感じたのを覚えている.つまり,その教師の発言の真偽はともかくとして,自分がこれまで多くのことを無批判によく考えもせずに受入れていたことを彼の毒舌で自覚させられたのだ.要するに,自分は今まで人の言うことをただ信じてただけなんだ、何にも自分で分かっちゃいなかったんだと.私は,世の中のもっともらしいことを一度疑い,批判して考えるということを気づかせてくれたこの先生にとても感謝しているである.
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by hiroi22 | 2007-12-09 23:30 | じっと思う

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